痛みがあっても踊れます。が…

体が歪んでいきますね。

馴染みのない動きを集中的にやってまして、体がちゃんと反応して、あちこちに痛みが出てます。

私の体は実験台なので、試しに放置してみました。

馴染みのない動きは、車の運転。

座りっぱなしの上、右足だけを使います。

おまけに、私だけが運転するわけではないので、シートの前後は直しても、背もたれ角度は、直さず運転。これがなかなか辛い。

普段と違う緊張を強いられ、身体中がガチガチで、右足の付け根に異常な痛みが出現しました。

ところが、それでも踊れる。ヒップを股関節を中心に動かそうとすると、筋肉のバランスが崩れて痛いのに、ただ横にプッシュする動きなら可能。恐ろしい。

更には、痛みを回避する様に踊ることも全然出来ちゃう。ただ、ウエヘやアミが、力業になるし、正しいやり方から外れてしまう。それでも、生徒さんは気がつかない。

その後、膝と腰の痛みで、苦しんでます。

更には、これも生徒さんは気がつかないけど、身体が捻れてしまってました。

このまま続けたら、えらいことになりますので、そろそろ実験中止にして、身体を戻します。

この実験の間、血圧やや高め。眠りが浅い、疲れが取れない、でした。

日常の使い方って、本当に影響が大きくて、1日に1回はリセットすることで、大きくズレることは減ると思います。

わずか2週間の実験でしたが、もうこりごりです。

いくらフラが踊れても、カラダがガタガタならやっぱり無理が来る。

いくつかの種類の運動をする習慣がある方なら、自分の体の変化に気が付きやすいと思いますけど、大抵の方はそうじゃない(そんなゆとりはない)と思います。

なので、生活も運動も、決まったやり方しかしない。それでは、習慣となっている動きを強めるだけです。ましてフラは、なんとか誤魔化して動けます。

習慣から来る体の歪みは、ゆっくり進行して、いよいよとなるまで悪さをしません。痛みとなって現れたときは、かなり悪くなっている可能性があります。

疲れやすい、眠りが浅い、いつも同じところに筋肉痛がある、そんなかたは、カラダの使い方をリセットしてみるのをオススメします。

是非、フラの為のカラダ作りや、姿勢美人のためのストレッチポールレッスンをご活用ください。

結局体で覚える

意味は大事なんだけど全てじゃない

現在、ハレ・オハナのほとんどのクラスでは、楽器を使ったフラを練習しています。

楽器を使うフラって、動きが早いですよね。

そういう曲を踊るとき、意味を考えながら踊る暇はありません。

頭の回転の速さよりも、曲が進む方が早いですから。

ゆっくりと振りを覚える過程では、意味がわかるといいんですね。あれなんだっけ?を思い出すために。でも、体が動かないことには踊れないんです。動きは、動きでしか学べないです。理屈がわかっても動けるかどうかは別問題。

なので、練習しないとできるようにはなりません。

楽器を使うフラは、練習しただけ上達します。そこに、嘘はないです。やったつもりは、つもりの踊りになります。やっていないなら、そういう風にしか踊れません。

千本ノックだって言っていますけど、本当にその通りです。

それだけじゃ上達しないのが、スローなアウアナで、スローなアウアナをしっかり踊れるっていうのはかなり難しいことです。私の感覚では、超上級。

それでも、カラダで覚えることには変わりなく、カラダで覚える方法は誰にも教えられないし、教わることができないんです。練習が大事だっていうしかない。

練習方法については、アイディアは出せると思うけど、それが合うか合わないかって、人それぞれ。

東大に合格した人のノートのつけ方を真似してみても、それが頭に入るかどうかは別問題なのと一緒。理屈がわかっても、できるかどうかって、やったかどうかにかかってくる。

体が覚えたら、できるようになるから。そう思って、体を信じて繰り返すしかない。

私も例外じゃないです、練習しないからできないのであって、やったらできるようになることもたくさんあると思う。

だから、動きを理解できる体にしておこうって思います。コンディションを整えて、動きやすい体なら、きっといろんなことができるはずと信じて。

普段使わない脳を使おう!

動きは、言葉じゃなくてイメージです

人間の脳は、体の大きさに対して大きく発達しているので、すごく未熟な状態で生まれてきます。そして、数年かけて大きく成長し、その過程ではありとあらゆる繋がりができて、それが整理されていくという、一見面倒な過程を経ます。

理知的な脳は、前頭葉にあります。前頭葉とは、だいたい額のあたり。言葉で「考える」人は、ここをよく使います。

ところが、「聞く」と「喋る」はここではないんですね。どちらも側頭葉。人の話を聞かず、意見も言わず、じっと考えている人は、前頭葉を使っているのです。

いわゆる、頭はいいと思いますが、話を聞かないので、人のことが理解できないし、喋らないので、自分のことも理解してもらえない。日本人って、こういうタイプが多いんじゃないかって思っています。

運動は、動きのイメージ(体がどんな形をしているかを思い描くこと)が、とても大切になります。自分の体がどんな形をしているかは、だいたい分かるはずなんですが、そんな練習をしていないと、思っている形と自分の動きが一致しません。ズレはありますが、それが大きいことは、脳的にはちょっと問題。

指導していて思うのが、ズレの大きい人ほど、「言葉で教えて」といいます。でも、それって、言葉でわかった「つもり」になりやすいのです。

そして、言葉じゃ覚えられません。形というか、イメージで覚えたほうが、絶対残りやすいのに、一生懸命言葉にする。そうやって、記憶から遠ざけていっているように思います。

イメージは、すごく大事。想像の中の自分をリアリティーを持って動かせれば、体を動かした練習をしなくても、踊った時と同じ効果があるらしいです。

なぜ言葉じゃ難しいのかというと、言葉って、定義だからなんです。

定義が違うと言葉も違う。動きは感覚。感覚を言葉にするときに、与える定義は100人いたら100通りなんです。

例えば、マイレの香り。嗅いだことがあれば、あれ、ってわかりますが、嗅いだことがない人に言葉でわかるように説明しなさい、って言われたらどうでしょう?

あの香りを「甘い」と表現する人もいれば「爽やか」と表現する人もいるでしょう。「青臭い」と思うかもしれないですね。どれも正解です。嗅いだことがない人、これがマイレの香りです。わかりました?

全然わからないですよね。
動きもこれと同じ。大まかな基準はありますが、同じ動きでも「伸びる」でわかる人と「遠くに」でわかる人と「長く」でわかる人がいます。そのどれもが間違いではないけど、お手本の動きをどう表現するかは、各々の経験が作り上げた定義による。

言葉でだけ考えていると、この違いにばかり目が向いて、肝心の「動き」が頭に入らないです。
もっと、言葉を外して、感じてみましょう。

そのためには、自分の感覚を信じるべきです。権威のある人が言っていることが、正解じゃない。ワインのおいしい不味いは、自分が決めて良しです。高いワインが美味しいとは限らないし、安価で美味しいワインが見つかるかもしれない。それのどこが悪い?
自分の好き嫌いで物事を決めたら誰かが怪我をします、っていうシステムなら考えるけど、そうじゃないなら、自分が好きなのでいいんじゃない?

言葉で考えている人は、お値段とか、情報とかで選ぶ傾向があると思います。
でも、もうちょっと、動物的でいいんじゃないかなぁ?その方が楽しい気がします。迷ったら楽しい方に。決めかねたらロックンロールだぜ!っていう方に。

そういう脳の使い方をしたら、きっともっと、フラを楽しめると思います。
強引な結びだ(笑)

なりたい自分になる、ただ一つの方法

それは「行動」すること

よく、律子先生みたいになりたい、と言われますが、なりたければなればいい。

私は、特殊な能力がある訳ではなくて、こうすれば良かった、と思ったことを大人になってから挽回しているだけなんです。

もっと勉強しておけばよかったなら、今からでも遅くないと挑戦する。
萩本欽一さんがそうでしたよね。自分に限界を設けずに、挑戦しましたよね。
特別な人だからすごいんだって思いますか?その時点で、自分に限界を設けいている。「私には無理」という言葉は、ちょっとずつ自分の心を蝕んで、その言葉通りに自分の能力を削ってしまうんです。お子さんへの声掛けには、本当に注意してくださいね。

この言葉が、一生涯心につきささり、蝕んで、自分に自信が持てない人にしてしまいます。自分がそうなっていると自覚したら、それは過去の遺産であることをしっかり自覚して、それに振り回されないことです。

人の能力には、本当に限界がないです。一人では無理かもしれないけど、みんなで協力したら、乗り越えられることも多い。月や火星に行こうとしているんですから。考えたことは、実現できるんです。
でも、考えているだけでは、やっぱり不十分なんです。

頭の中には限界がないんですが、それが現実となって動き出すには、抵抗があるものです。心の抵抗かもしれないし、物理的な抵抗かもしれない。それを乗り越えて動かすには、まずやってみないとです。やらなければ、何にも動かない。

落ちているゴミを見て、「ゴミ箱に捨てればいいのに」と思っただけで、ゴミが自らゴミ箱に入ってくれるなら、こんな楽なことはないんですが、そうじゃないですよね。体を動かし、ゴミを手に取り、汚いなぁ、と思いながらもゴミ箱に入れないとなりません。

綺麗な街がいいな、と思うなら、綺麗にしないと。思っているだけでは変わりません。

これって、なんでも一緒。

上手になりたいなら練習するしかないし、理解できたいなら理解できるように勉強しなくちゃね。姿勢が良くなりたいなら、そうなるようになんとかしなくちゃ。情報は溢れているのですから。

一人でもできるし、専門家を頼むこともできる。街を綺麗にしたければ、お金を払って掃除してもらうこともできますよね。自分の家もそう。

英語ができるようになりたかったら、それなりの努力が必要だし、会話したいなら会話しなければうまくならない。そのために、スクールに通ってもいいし、ラジオ英会話で勉強してもいい。なんでもいいんです。

それをやらずに、ウジウジ悩んでいる方が勿体無いと思います。

私にもし、いいところがあるとしたら、過ぎたことは過ぎたこと。反省はするけど、後悔しないっていうところでしょうか。後悔しそうなことなら、今から挽回できないかって考えます。失敗もあるし、もっとこうすればよかったって思うことはたくさんあります。でも、過ぎたことは教訓にするしかないんです。どんなことでも。

そこから学んで、次の行動に移さないとね。

だから、やりたいと思う人、挑戦したい人大歓迎です。いつからだってやり直せるし、生き直せます。苦手っていうのは、習得に時間がかかるってことだけなので、必ずできます。それを信じられるかどうかだけの違いだって思うんです。

私は、勝手に自分の可能性を信じています。自分が信じなかったら、誰が信じていてもうまくいきません。こっちが信じているのに「私なんて…」って言われると、そんな人には何にも任せられないって思います。

自信は、行動することでしか生まれません。

実体験しているので、声を大にして(ブログなので、文字を大きくして)言います。

自信は、行動することで生まれます。

行動なくして、自信はつきません。よく聞くのが「自信がないからイベントに出ない」という声。イベントに出たことないのに、自信満々です、と言われたら、ちょっと心配。人前で踊るということは、経験しないとわからないことが多いんです。そこで経験を積んで、ようやく自分がどうすればいいのかがわかるんです。どうすればいいかがわかるのがイコール自信。

やったことがないことは、自信があっても、それはおとぎ話のような自信なので、打ち砕かれると思っています。打ち砕かれて、もっとこうすればよかったが出てきて、それを挽回するように行動し始めて、身についていくのが自信。そんなものだってわかったら、あとは行動するのみです。

皆さんも、なりたい自分があるなら、動いてくださいね。

命がある限り、失敗なんて恐れなくていい。

大丈夫、きっとあなたなら出来ます。その夢に向かって頑張って!

運動をしているならわかること

特別なことじゃない

私の友人に、柔和な見た目じゃわからないけど、結構なアスリート(っていうと本人が否定するんですが)がいます。学生の頃から、およそ半世紀、運動をし続けているという方です。その人は、私が言っていることが、すぐにわかるのです。同業者でもなく、フラも踊っていないのですが、指摘がなかなか的確。

「どうしてわかるの?」と聞いたら、「運動をしていれば、そんなの当たり前だよ」と言われたのです。「表現だとかなんとかはわからないけど、動きはわかる」そうです。

友人と話をしているときに、こんな風に言われました。

若い頃って、自分がやりたいことがとにかくやりたいから、無理してでも真似する。
それが、その運動に必要な筋力をつけてくれるってことがあるんだけど、ある程度の歳になると、そもそも、無理してっていうことができなくなる。
例えるなら、片足立ちができる筋力がないから、立って靴下を履けない、みたいなこと。
真似したくても、それをする筋力がない。
そうなってくると、それでもなんとかしようとしてテクニックに走る。

それまで運動をしてきた人なら、その蓄積があるから、テクニックもたくさん持っているんだけど(例えば、力を使わない方法がわかるとか)年を取ってから始めた人は、テクニックすらないので、やっぱり無理矢理になる。
そしてそれ以上伸びない。

私の言葉じゃないんです。

ごく普通に生活してきて、でも、運動を続けてきた人の言葉。

「どうしてわかるの?」って思わず出ちゃいました。

私自身は、子供の頃の運動貯金がなかったので、20代30代の、まだ無理がきくうちにがむしゃらにフラを踊ってきた人です。その分の貯金はありそうですが、でも無理していたので、カラダを壊しました。

皆さんの先生は、フラ貯金や運動貯金ができている人じゃないでしょうか?

その人の持っているテクニックは、「若い時に」「ひたすら真似をして」「無理をしながら」手に入れてきたものなので、理論的ではないです。

それを教えてくれないって言っても、無理。

私も、自分の動きを言葉にできるようになるのに、何年もかかっているんです。

でもね、それって、フラを運動だって思っていないからみたいです。

運動だって思っている人は、言葉にできるんですね。
前述の友人は、自分のカラダのことや動きのことを、ちゃんと言葉にするんです。時々、同業者と話しているのか?と勘違いするぐらい、的確に。

私も、フラの動きを分析するのはハワイの神への冒涜ではないか?と悩んだ時期があります。そのぐらい、フラは私にとって、趣味とか運動とか、そんなものを超えたある意味神聖な存在です。でも、冷静に考えると、運動には違いない。

だから、考えて、言葉にしてきました。

私は、運動貯金がない。

だったら頭を使うしかない。がむしゃらにできる時期が過ぎたことは、体感的に理解できます。そうなったら、本当の思い通りを諦めるか、地道に努力するかしか方法はないんです。
どっちを取りたいかではないでしょうか。

適当に流して、まぁまぁ満足いく踊りでいいなら、カラダを使い切るっていう面倒なことは考えない方が楽です。(こちらが大多数と思います)

それじゃ嫌だったから、心の底からフラを踊りたかったから、こうして、フラのためのカラダ作りを提案しています。

足りないところを補って、よりよく踊りたい方、ぜひいらしてください。

フラを踊りながら解決するっていうことはできないのですけど、フラにつながるように、動きやすいカラダを一緒に作りましょう。

型から入る

基本をしっかり身につけると言うこと

どんなことであれ、基本が身についていることで、そこから崩すことができるようになります。基本って、すごく大事。なんでもそうです。

ところが、フラに限ると、応用から入ることがほとんどなんですね。

フラの基本はカヒコ。

カヒコでしっかり型を身につけることで、そこから崩すことができるようになるのですが、(大人の場合は行ったり来たりしながらなんですけど)

多くの教室がアウアナという応用のフラから入ります。

そこで、ひらひら、くねくね、ヨタヨタした踊りを身につけちゃって、伸び悩むんですね。

私がそうだったなので、よくわかります。体の基本もできてない、フラの基本もない。

それに気がついて、これはいけない、と修正してきて、ようやく7年ぐらいになります。

そんな回り道しなくていいよ、と思うので、初心者でもカヒコをやっているのですが、そういうクラスはとても人気がない。

ヨタヨタでも、華やかな衣装を着て、腕を伸ばす角度が合っていることを一生懸命やるアウアナの方を選ぶんですよね。ステップができていないことで、苦労することも多いのに。

もともと運動神経も良くて、感も良くて、上手に動ける人なら、なんの問題もないんでしょうけど、運動が苦手で、でもフラは楽しくて、頑張りたいと思っている私のような人にとっては、基本って、何より大事なことだって思うんです。

でも、そこを徹底している先生が少ない気がします。

それは、踊りを見ているとわかる。

とにかく、安定しないから。安定感って、目に見えないので、うまく言葉にならないのですが、無理なく無駄なく動けるんですね。見ていて、安心。

ヒップを大きく振ることをやってきて、ハレ・オハナに移ってきている方々は、最初にその動きを封じ込められます。くねるな、振り回すなって。

その前に、しっかり歩けと。

立つ、歩くは、フラの基本中の基本。それが体でわかるといいな、と思うグッズを作ってもらっています。それでいいのかどうかわからないけど、良さそうなら、皆さんにも使っていただけるように考えます。

あちこち痛いのが、筋肉のうちなら、修正できます。それが進んで、骨が変形しちゃうとアウト。その前に、ご自分の基本を見直して、しっかり踊れるようになってください。しっかり踊れる方が、体への負担が少なくて、長く踊ることにつながりますので。

踊りが上手な人が教えるのが上手いというわけじゃない

ゴットハンドの弟子はゴットハンドじゃないんだなぁ

ストレッチポールを使ったエクササイズをやっていると、その再現性の高さがすごくいいな、と思います。

誰がやっても、出てくる結果は同じようなものということ。これって、案外難しいことで、かつ重要なことなんです。

特別な才能があることも、もちろんいいのですが、それって、その人がいなくなったらもうお終いなんですね。それは何の役にも立ちません。

一人きりって、全然いいことじゃないと思っています。大切なことこそ、誰でもできるようにしておかないとね。

これは、患者さんの治療をしてきているからこその実感で、私ができていることが私しかできなかったら、それは全く役に立たないと思っています。きちんと伝えて、広げていくことこそが大切なことで、そこに尽力している先生方を見てきました。ゴットハンドと言われていても、それを良しとしていないで、何とか後輩に伝えようとしてくれていました。

ところが、後輩がゴットハンドにはならないんだよね。治療なので、理論はあるんですが、結局感覚の世界で仕事をしているから、感覚は残せない。

理論武装はしているけど、それに技術が追いつかない後輩の何と多いことよ、と思うんです。

感覚をつかんでいけた人が、ちょっとずつ近づいてへ行けるんだけど、きっと才能のあるセラピストは、ゴットハンドのモノマネでは終わらないから、跡継ぎという感じにはならないんだろうね。

これって、フラも同じ。踊り自体は感覚の世界なので、踊れる人の感覚は残せない。理屈はあったとしても、「こんな感じ」の共有はできないので、踊れちゃう人は踊れない人の感じは理解できない。逆もそうなんだけど。

だから、誰でもこれさえやれば、動けるようになるよ、という指標になることって大事で、それを紹介しているのがフラのためのカラダ作りなんです。

自分の体をコントロールする感じとか、動けていること動けないことの違いが自分でわかるとか、そんなことが、「こんな感じ」を理解する助けになるんですね。

まぁ、「こんな感じ」がわかる人なら、それでいいけど、私はわからないので、いろんなことをやったというだけ。いいなぁ、すぐに理解できて、できる人は。私は何でもわかるまで時間がかかるから、パッと踊れる人が羨ましいです。

だけど、そんな人ばかりが先生だったら、踊れない人は困るよね。

今でも時々夢に見るのが、「きちんとzoneに当たると、反応が返ってくるよね。ほら、返ってきた」と言われても何にもわからず、??????と思って治療中にパニクっている自分です。当時は全然わからなかったけど、今ならちょっとわかる。

追い込まれてたなぁって思う。その夢とセットなのが「何で言われないとわからないかな。全然違うよ。見てわかるでしょ?いつまでたっても初心者なんだから」とセンパイに注意されるレッスン中の私の夢。どちらも、10年以上前の事実です。

ハワイの人のように踊りたいから その5

フラのためのカラダ作り誕生秘話

ハワイの人のように踊りたいから その1

ハワイの人のように踊りたいから その2

ハワイの人のように踊りたいから その3

ハワイの人のように踊りたいから その4

気持ちよく踊れるようになって、自分だけがこんな風に感じているのはもったいないと始めたのが、フラのためのカラダ作りです。フラダンサーじゃなくてもいいんですが、とにかく、カラダが楽になるし、姿勢も改善するんです。

それだけで、フラがすごく踊りやすくなる。全くハワイの人と同じにはならなくても、近づくことは出来そうだな、と思います。

フラに出会うまで、たいした運動もせず、どっちかというと運動音痴の私が出来ているんです。皆さんの方が習得は絶対早いと思います。ただし、きちんと自分の体のことが理解できてコントロールできるまで、通って欲しいです。なるべく通う回数を少なくしたいというのはわかるのですが、がむしゃらに頑張るタイプの方は、考えすぎる傾向があって、考えすぎてうまくできなくなることが多々あります。フラがそうなら、カラダ作りもそうです。力を抜くっていうことが大事になるんですけど、これって、すごく難しくて、入れるべきところに入らないと抜けないんですね。それがわかるまでが時間がかかるのです。どこに力が入っていると安定するのか、それも最低限の力で。自分の体を探って探って、わかるまで、地味な動きをやって欲しいのですが、カラダ作りレッスン中に1時間かけて準備してきて、できるかな?と思ってやった一番最後にやるちょっと負荷量の高い種目のみを取り上げてやっちゃう人が多くて、それじゃダメなんだよ、って思います。

使ったことのない筋肉は、丁寧に取り扱ってあげないと動かないです。早く早くと思うから、ゆっくり丁寧に、を忘れちゃう。なので、しばらく間が空いた方にお家でのエクササイズをやってもらうと、ハレ・オハナでやったものの10倍速ぐらいでやっていることが多いです。それでは、何の意味もない。動画を見て動いているのと同じです。スピードも大事。

準備ができているというのがどういう状態なのかっていうのも、言葉で説明するとわからないんです。安定している感覚としか言いようがないので、安定ってどういうことか、その感覚に個人差が大きいので、これですよ、と言わないとわからない。

ですから、人に見てもらうって大事です。

ハワイの人と同じように踊りたい、と思っているなら、ぜひ、いらしてくださいね。そういう方は少なからず、フラに対しては真剣だろうと思うので。

適当に楽しく踊ればいいなら、来なくていいんじゃない?と思います。そういうクプナは、ハワイにもいますから。

ハレ・オハナは、フラを真剣に学びたい人を応援します。

ハワイの人のように踊りたいから その4

フラのためのカラダ作り誕生秘話

ハワイの人のように踊りたいから その1

ハワイの人のように踊りたいから その2

ハワイの人のように踊りたいから その3

コアコンディショニングと出会って、日常のいろんなところが楽になってきました。

その一方で、心配もあったんです。フラはちゃんと踊れるのか?という心配です。

以前、先生に「バレエストレッチをやりたい」と言ったら、「そんなものやったら、変な癖がつくからダメ」と言われたんです。私の中では、ストレッチだったんですが、止められて、フラ以外はやっちゃいけないのか、と思ったんです。

だから、怖かった。

ところが、です。

怒られないどころか、すごいことが起こりました。

4日間のカヒコ合宿inハワイ島というイベントがあって、それに参加した時に、全く筋肉痛にならなかったんです。それまで、毎回レッスンのたびに筋肉痛になっていて、まだまだだなぁなんて思っていたんですが、(合宿直前のレッスンでは、若干手抜きしていたかもなので、参考にしていなかった)本気で低く低く踊っても、スカートが浮くぐらいのウエヘをしても、全く痛みがない。先輩たちがそれを見て、もっと低くと言っていたので、私も本気で低く踊らなくちゃとますます低くなったのですが、それでも大丈夫でした。

フラのレッスンは、カラダがちゃんと変わるまであまり本気でやらなかったので、とてもびっくり。そして、先生からも特に注意されることもないし、踊っていて体がすごく伸びやかに動くので、日が経つごとに踊るのが楽しくなるんです。

体幹をすごく鍛えているという感覚でもなく、自分の体がどう動くのかと向き合って、一番快適に動けるところで動く練習をしているだけで、こんなに楽になるなんて。

ハワイの人のように踊るって、体に優しいことなんだって、自分で体験して初めてわかりました。無理していないから、美しいし、体を使い切ることができる。

カラダを使い切って踊れれば、心を伴って踊ることもできるようになる。

自然と一体となって踊るっていうのは、心の問題だけじゃなくて、体に逆らわず、ナチュラルに踊ることだったんだと、気がつきました。だから、スッキリして踊らないとなんですね。

つづく

ハワイの人のように踊りたいから その3

フラのためのカラダ作り誕生秘話

ハワイの人のように踊りたいから その1

ハワイの人のように踊りたいから その2

自分が患者さんに治療として行なっていた方法は、少し変わった方法だったので、できる人が限られていました。しっかりできる人は、全国に当時100人いたかなぁ?という方法。なので、それに頼るわけにはいきませんでした。何より、その方法ができる皆さんは忙しい。時間外にちょっとみてください、と頼めないほど忙しかったんです。今なら、ブラック企業と言われかねない忙しさの中で働いていて、きっと今でもそんな感じ。

仕方なく、ネットでいろいろ探し始めました。体幹をなんとかするところ、理論的な背景を持っているところ、無理はさせないところ、動きをしっかりみられる人がいるところ。探して探して、やっと見つけたのが、コア・コンディショニング協会。そして、そこのメソッドを伝えているパーソナルトレーニングサロンでした。

某フィットネスジムで、1ヶ月数万円払ってパーソナルトレーナーをお願いしていたのですが、何をしてくれるかって、マシンの隣に立って数を数えてくれていた。それだけ。どう動けばいいのか、全く教えてくれないし、肉離れになったのに、そのフォローもなし。トレーナーにカラダを壊される!と、早々にそのジムをやめました。だから、すごく怖かったんです。

数ヶ月そのコアコンのサイトを見ていて、様子を見ていました。やな奴でしょ?

でも、ついに決意して、そのサロンに足を踏み入れて、初回の感想が「これ、イケる!」だったんです。無理はしない。動きは教えてくれる。何より自分の体が変わる。楽になる。きっといいぞ、と思って、通いました。

通っているうちに、患者さんたちが言っている「リハビリは大変なんだけど、そのあと楽なんだよ」の意味がわかるようになりました。歩くのが楽、階段の上り下りが楽、立っているのが楽、座っているのが楽。

日常が変わり始めました。

つづく