まずは足元から整えよう

遠くにあるものより大事なこと

マウナケアにTMTが建設されることに関して、ハワイで問題となっています。

そこが聖地である、大切なところである、ということとともに、水源であるということも問題になっていますよね。

それに、日本人がたくさん参加していることは、私も承知しています。

ただ、どうにも拭えない違和感があるんです。

日本だって、自然環境や現地の人にとっての聖地を壊している例はたくさんあるんです。自分の国のものも守れない人が、他国のことをできるのでしょうか?

私は、自分のことをしっかりやっていくことで、マウナケアだけじゃなく、地球規模で、無用な開発や自然破壊を食い止められたらいいな、と思っています。

このヒントになった言葉が、ハワイでガイドをやっているJUNさんの言ったこと。

大切なひとの遺灰が、海に撒かれたのだそうです。「海がお墓なら、世界中どこに行ってもその人に会える気がする」と。すごく素敵な言葉で、そして、気負うことなく海を大事にしようって思える言葉でした。
なので、海に流しても大丈夫な洗剤、石鹸等を使うようにしました。

そういうものは、少しお高い。量産されていないせいです。お金じゃ買えない地球の環境のために、少々お高くても、自然に優しいものを使いたい。そしてそういうものは、敏感肌の人にも優しかったりします。赤ちゃんにも使えるものですね。

こんな話をすると、裕福だからできるって言われそうですが、そんなことはないです。

普通に生活しています。

できることをしているだけなんです。大好きなハワイのために。私たちの住むこの地球のために。

微々たることしかできないですけど、それでも、可能な限りやろうと思います。

きっとどこかで、何かに繋がると信じて。

この考えに賛同することもしないことも、どちらもいいと思っています。私と全く同じ考えの人ばかりではないですから。どこに価値を置くかは、人それぞれです。

マウナケアに行って、現地の人と活動するもよし、想いを馳せるでもよし、違うことだけど、できることをやってもよし。

それでは、私が使用している、海に流せる石鹸等をご紹介します。

アレッポの石鹸 オリーブの石鹸です。肌に優しい。天然の成分だけでできています。

お洗濯に使える竹炭せっけん。パンダのマークは世界最大の環境保護団体の公式ライセンス商品なのだそうです。

初めて無添加シャンプーを使うなら、これがオススメです。ボトル付き。シリコンなど入っていないので、軋みます。シャンプー前にブラッシングして使用するのがオススメです。

なりたい自分になる、ただ一つの方法

それは「行動」すること

よく、律子先生みたいになりたい、と言われますが、なりたければなればいい。

私は、特殊な能力がある訳ではなくて、こうすれば良かった、と思ったことを大人になってから挽回しているだけなんです。

もっと勉強しておけばよかったなら、今からでも遅くないと挑戦する。
萩本欽一さんがそうでしたよね。自分に限界を設けずに、挑戦しましたよね。
特別な人だからすごいんだって思いますか?その時点で、自分に限界を設けいている。「私には無理」という言葉は、ちょっとずつ自分の心を蝕んで、その言葉通りに自分の能力を削ってしまうんです。お子さんへの声掛けには、本当に注意してくださいね。

この言葉が、一生涯心につきささり、蝕んで、自分に自信が持てない人にしてしまいます。自分がそうなっていると自覚したら、それは過去の遺産であることをしっかり自覚して、それに振り回されないことです。

人の能力には、本当に限界がないです。一人では無理かもしれないけど、みんなで協力したら、乗り越えられることも多い。月や火星に行こうとしているんですから。考えたことは、実現できるんです。
でも、考えているだけでは、やっぱり不十分なんです。

頭の中には限界がないんですが、それが現実となって動き出すには、抵抗があるものです。心の抵抗かもしれないし、物理的な抵抗かもしれない。それを乗り越えて動かすには、まずやってみないとです。やらなければ、何にも動かない。

落ちているゴミを見て、「ゴミ箱に捨てればいいのに」と思っただけで、ゴミが自らゴミ箱に入ってくれるなら、こんな楽なことはないんですが、そうじゃないですよね。体を動かし、ゴミを手に取り、汚いなぁ、と思いながらもゴミ箱に入れないとなりません。

綺麗な街がいいな、と思うなら、綺麗にしないと。思っているだけでは変わりません。

これって、なんでも一緒。

上手になりたいなら練習するしかないし、理解できたいなら理解できるように勉強しなくちゃね。姿勢が良くなりたいなら、そうなるようになんとかしなくちゃ。情報は溢れているのですから。

一人でもできるし、専門家を頼むこともできる。街を綺麗にしたければ、お金を払って掃除してもらうこともできますよね。自分の家もそう。

英語ができるようになりたかったら、それなりの努力が必要だし、会話したいなら会話しなければうまくならない。そのために、スクールに通ってもいいし、ラジオ英会話で勉強してもいい。なんでもいいんです。

それをやらずに、ウジウジ悩んでいる方が勿体無いと思います。

私にもし、いいところがあるとしたら、過ぎたことは過ぎたこと。反省はするけど、後悔しないっていうところでしょうか。後悔しそうなことなら、今から挽回できないかって考えます。失敗もあるし、もっとこうすればよかったって思うことはたくさんあります。でも、過ぎたことは教訓にするしかないんです。どんなことでも。

そこから学んで、次の行動に移さないとね。

だから、やりたいと思う人、挑戦したい人大歓迎です。いつからだってやり直せるし、生き直せます。苦手っていうのは、習得に時間がかかるってことだけなので、必ずできます。それを信じられるかどうかだけの違いだって思うんです。

私は、勝手に自分の可能性を信じています。自分が信じなかったら、誰が信じていてもうまくいきません。こっちが信じているのに「私なんて…」って言われると、そんな人には何にも任せられないって思います。

自信は、行動することでしか生まれません。

実体験しているので、声を大にして(ブログなので、文字を大きくして)言います。

自信は、行動することで生まれます。

行動なくして、自信はつきません。よく聞くのが「自信がないからイベントに出ない」という声。イベントに出たことないのに、自信満々です、と言われたら、ちょっと心配。人前で踊るということは、経験しないとわからないことが多いんです。そこで経験を積んで、ようやく自分がどうすればいいのかがわかるんです。どうすればいいかがわかるのがイコール自信。

やったことがないことは、自信があっても、それはおとぎ話のような自信なので、打ち砕かれると思っています。打ち砕かれて、もっとこうすればよかったが出てきて、それを挽回するように行動し始めて、身についていくのが自信。そんなものだってわかったら、あとは行動するのみです。

皆さんも、なりたい自分があるなら、動いてくださいね。

命がある限り、失敗なんて恐れなくていい。

大丈夫、きっとあなたなら出来ます。その夢に向かって頑張って!

ハワイ語を学びたいの裏側

いろんな人に聞かれますけどね…

ハワイ語の気楽な勉強会として、ʻOlelo Noʻeau という、ことわざの本を読む勉強会をしています。次回から、ハワイ語文法の基礎という日本語の本の勉強会もしましょうか?ということになりました。

こういう勉強会に来る方の中でも、いろいろ質問してくださる方の中にも、「すぐにハワイ語が理解できるようになりたい」という希望を持っている方がいるんです。

「ハワイ語が理解できるようになる」という目標は素晴らしいと思うのですが、「すぐ」というのはどうなんでしょう?

確かに、すごく簡単なことで、あっという間にできるようになることはありますよね。ウクレレで、2個だけコードを覚えて、それだけで歌うとか(不可能じゃないんだよね)フラも、単純な繰り返しの曲を覚えるとかね。

とある芸能人の方に「フラって何ヶ月練習すれば踊れるようになるんですか?」って聞かれたことがあります。「15分で振り付けは覚えられると思いますが、踊りこなすには数年かかります」って答えました。芸能人がそんな甘いこと言うんだね、って思っちゃいました。みなさん、どう思いますか?確かに、踊りはうまいですが、フラってそれだけじゃないですよね。どうにもこうにもフラにならない人っているじゃないですか。振りはあっているけどなんか違う。この「なんか」って言うところが、大切だって思いませんか?だったら、言葉もおんなじ。

すぐにできるようになっても表面的だってことです。

ハワイ語は音の言語。同音異義語もたくさんあって、稀な例もあるので、数多く触れるしか方法がないと思います。

そして、みなさんが知りたいと思っているハワイ語って、本当に文法ですか?これから、ハワイ語で文章を作ったり、会話をしたりしたいですか?そう思っている方は、どうぞ、ハワイ大学に行って学んでください。日本でそれができる方は限られていると思いますし、会話となると、ネイティブと話すのが一番勉強になると思うのです。

そうじゃない、書いてあるものを理解したい、歌を理解したい、と言うことなら、特別難しい文法がいらないんです。「美しい花」と「花が美しい」は振りが全く違う、だから正しく理解しなくては、と言うなら文法はとても大事でしょうね。

皆さんは踊り分けてますか?

では、「美しい花」と「花が美しい」を、日本語でどう違うのか説明できますか?日本語の問題です。文法的に違うことはわかりますよね。花という名詞を修飾する形容詞(修飾語)が先に来るのか後ろに来るのか。では、どんな使い分けをするのでしょう?これを間違えると、日本語が理解できないって言うことになるんでしょうか?

個人的には、どっちだろうがここにある花が美しいことを言っていることに変わりはないって思います。正しく理解することじゃなくて、何が言いたいのかを把握することの方が大事なのではないでしょうか。

ハワイ語も同じって思います。

違うかなぁ?そうなると、いくつか単語がわかるレベルでも、別にいいんじゃないの、って思います。

でもわからないって思うのはなぜか。それは、あなたが声に出してハワイ語に触れていないからだって思います。ハレ・オハナでは、カヒコをやります。嫌だと言っても、やります。当然、カヘアを覚えてもらいます。私への振りの質問は、カヒコもアウアナも歌詞ですることになっています。これの次はなんですか?と聞かれると、そこの歌詞はなんですか?って聞き返しています。そうやっていくと、あ、pua naniって言っているところだ、あ、そうかぁ、と思い出すきっかけにもなります。

これは徹底しています。歌詞で聞かれないと答えないし、あれの次のところじゃなくて、この歌詞のところ、って聞いてくるようになるし、クラスの中でそれを助ける人も出てきます。とにかく、言う。そうすると、ハワイ語も覚えていきますし、言葉の区切りも見えてくる。

いつも間にか「聞いてわかる言葉をきっかけにして覚えていく」と言うことができるようになって、ワークショップでもパッと覚える人になっていました。

こうなるのに、5年かかっています。5年です。でも、皆さん、ハワイ語を習っていると言う感覚はない。ひたすら、ハワイ語に触れるように誘導してきただけです。なので、歯を食いしばって努力した覚えがないはず。坂本が面倒くさい人だって思いながら、付き合ってきただけです。

そんな先生だったらいいなぁ、って思うなら、あなた自身があなたの先生になったらいいんです。やり方はわかりましたよね。歌詞をとにかく口にすること。「あれ、この次どうだっけ?」じゃなくて、「あれ?この歌詞のところなんだっけ?」と考えること。それで、だいぶ違います。

まぁ、お試しください。
ちゃんと知っておいた方がいいのは、先生だと思います。

これから先生になりたいと思っているなら、ハワイ語をちゃんと学ぶのは必須でしょうね。もちろん、英語も。

踊りが上手な人が教えるのが上手いというわけじゃない

ゴットハンドの弟子はゴットハンドじゃないんだなぁ

ストレッチポールを使ったエクササイズをやっていると、その再現性の高さがすごくいいな、と思います。

誰がやっても、出てくる結果は同じようなものということ。これって、案外難しいことで、かつ重要なことなんです。

特別な才能があることも、もちろんいいのですが、それって、その人がいなくなったらもうお終いなんですね。それは何の役にも立ちません。

一人きりって、全然いいことじゃないと思っています。大切なことこそ、誰でもできるようにしておかないとね。

これは、患者さんの治療をしてきているからこその実感で、私ができていることが私しかできなかったら、それは全く役に立たないと思っています。きちんと伝えて、広げていくことこそが大切なことで、そこに尽力している先生方を見てきました。ゴットハンドと言われていても、それを良しとしていないで、何とか後輩に伝えようとしてくれていました。

ところが、後輩がゴットハンドにはならないんだよね。治療なので、理論はあるんですが、結局感覚の世界で仕事をしているから、感覚は残せない。

理論武装はしているけど、それに技術が追いつかない後輩の何と多いことよ、と思うんです。

感覚をつかんでいけた人が、ちょっとずつ近づいてへ行けるんだけど、きっと才能のあるセラピストは、ゴットハンドのモノマネでは終わらないから、跡継ぎという感じにはならないんだろうね。

これって、フラも同じ。踊り自体は感覚の世界なので、踊れる人の感覚は残せない。理屈はあったとしても、「こんな感じ」の共有はできないので、踊れちゃう人は踊れない人の感じは理解できない。逆もそうなんだけど。

だから、誰でもこれさえやれば、動けるようになるよ、という指標になることって大事で、それを紹介しているのがフラのためのカラダ作りなんです。

自分の体をコントロールする感じとか、動けていること動けないことの違いが自分でわかるとか、そんなことが、「こんな感じ」を理解する助けになるんですね。

まぁ、「こんな感じ」がわかる人なら、それでいいけど、私はわからないので、いろんなことをやったというだけ。いいなぁ、すぐに理解できて、できる人は。私は何でもわかるまで時間がかかるから、パッと踊れる人が羨ましいです。

だけど、そんな人ばかりが先生だったら、踊れない人は困るよね。

今でも時々夢に見るのが、「きちんとzoneに当たると、反応が返ってくるよね。ほら、返ってきた」と言われても何にもわからず、??????と思って治療中にパニクっている自分です。当時は全然わからなかったけど、今ならちょっとわかる。

追い込まれてたなぁって思う。その夢とセットなのが「何で言われないとわからないかな。全然違うよ。見てわかるでしょ?いつまでたっても初心者なんだから」とセンパイに注意されるレッスン中の私の夢。どちらも、10年以上前の事実です。

伝えることの意義

だから、伝えたい

私たちの命は、永遠ではありません。

これをどのぐらいの人が感じ、どのぐらいの人が真剣に捉えているでしょうか。

永遠じゃないということは、自分の頭の中にあるものを残していかなければ、自分の代で終わるということなんです。どんなに優れた能力の人でも、死んでしまえば屍になるだけ。どんな天才も、生きながらえることは出来ないんです。

ハワイのクムは、そのことをよく知っているので、次の世代に伝えるということに真剣に取り組んでいます。日本に来てくださっているクムフラの中には、お金儲けが目的になっている人もいるかもしれませんけど、多くのクムフラは、その知識を伝えようと思って来てくれます。

作り方がわかれば、壊れた時に治せる。惜しみなく知識をシェアしてくださるクムフラの姿から、私たちが学ばなければならないことがたくさんあるな、と思います。

人は完璧ではない。かけているところがある。だから、いろんな人から学ぶことが大事だ、と。すごく重たい言葉です。

私自身は今、フラのためのカラダ作りをきちんとした形にしなければと思っています。多分、フラのステップを学ぶメソッドのようなものがあるはずだと思うんです。ハワイのクムのやり方も知りたいですが、おそらく、子供達に向けてのメソッドだと思います。大人向けの、しかも、フラに接するまで運動らしい運動をしてこなかった人に向けてのメソッドってないだろうと思います。

子供と同じように教わっても、出来ないんですよ。学ぶための方法が大人と子供では違うから。それでもやり切っちゃう人もいますが、大抵は「子供のようには覚えられない」と諦めていくんです。でも、絶対できると思っています。

そこをしっかりと形にできたら、初心者にフラを教える方法がわかるです。初心者も迷わないで習える。きっと、そうできるって信じています。早く形にしてよという気持ちもわかるんですけど、ちょっと待ってね。産みの苦しみを味わっています。まだ、育ち切ってない感じ。

でも、やりますよ。伝えないと、ここで終わっちゃうから。

フラのためのカラダ作りを、料理をする前に包丁を研ぐことみたいだと、例えてくれたクライアントさんがいます。包丁を研ぐことが目的じゃなくて、美味しい料理が気持ちよくできるようにするための準備と。上手いこと言うなぁと思いました。

そうありたいし、皆さんにもそうであってほしいなと思います。

フラを踊る楽しさを知っているなら

それを分かち合いませんか?

フラを踊っている方の多くが、フラは単なる趣味ではなく、自分の人生の一部だと感じているんだろうと思います。(特にハレ・オハナの記事を読んでいる方は)

だから、長く踊りたいと思っているし、美しく踊りたいという欲も出るんでしょう。

その気持ち、すごく理解できます。

そんな皆さんと一緒に、踊る楽しさを伝えられたらなぁと思っています。

いすフラを本気で広めようと決意したのは、某有料介護付き住宅のレクリエーションの一環というお仕事を頂いた時でした。

「慰問という形ではなく、参加型のアクティビティーを」というのが施設側のご要望でした。

それまでも、いろんな活動があったそうなのですが、歌いながら踊るというのは初めてで、利用者様の反応も良かったんだそうです。私自身は比較できないのですが、歌うだけよりも、反応が良いと。

きっと、「歌える歌に合わせて体を動かす」というのが良かったんだろうと思います。

フラをやったことがない人も、楽しい。

もちろん、フラをやっていた人も楽しんです。

私たちもそうなる可能性があるのですが、病気や怪我などで、今までのように踊れなくなったけど、椅子に座ってなら踊れる。

足腰の問題だけじゃなくて、目の問題、バランスの問題など、外からじゃわからないことが問題で踊れなくなることもあります。

「もうフラはできないと思っていたけど、座っても踊れるなんて楽しくて仕方ない」という声を聞くと、ああ、やってて良かったと思います。

長年踊っていたカルチャースクールの生徒さんは、ハンドモーションなどは私よりもよっぽど上手。ただ、年齢とともに新しいことを理解するに時間がかかるので、ハワイ語じゃなくて日本語の、それも知っている曲なのがいい、と言ってくださいました。知らない曲は、曲を理解するまでも大変ですよね。私も、最近、全く知らない歌謡曲を歌う練習していたので、覚える大変さをよく理解できます。

●知っている曲

●座って踊れる

この2点が、ハレ・オハナの提案するいすフラの基本です。

フラを踊る楽しさ、それと、知っているメロディーに乗って体を動かす楽しさ、その両方を味わっていただいています。どうしてこれが大事なのかという、理論的な背景や、動きを伝える時に大事なことなどを学んで、いすフラを行えるようになるいすフラコンダクター養成講座を、今月末に開催します。

もしあなたが、フラを楽しんでいて、それが人生の一部になっているのでしたら、ぜひその楽しさをもっと多くの人と分かち合ってみませんか?

あなたの目の前に広がる笑顔を見られるって、この上なく幸せです。

楽しそうに笑顔の花が咲いている様子は、こちらがフラを披露している時とは全く違う種類のもので、笑顔のキャッチボールをしているみたいです。

「楽しかった、ありがとう」と、心から双方が言えるいすフラ。

あなたも、楽しさを届ける人になれます。

興味がある方は、ぜひ講座にいらしてください!

いすフラコンダクター養成講座の詳細はこちら

ニヤニヤしちゃう

お悩み解決できると嬉しい

いつも、ハレ・オハナをご利用いただきまして、ありがとうございます。

フラのためのカラダ作り+パーソナルフラレッスンは、いい組み合わせですね。

自分でメニューを決めておいて言うのもなんですが、フラのお悩み解決の駆け込み寺的なメニューになりますね。

こんな振りができない、このステップがうまくいかないと言うのを、体を根本から立て直して解決するので、その練習をしなくても上手くなっちゃう、魔法のようなメニューです。

エクササイズの後は、いつだって「うそ、あんなにできなかったのになんでできるの?」と言う驚きの声が聞かれます。しかも、歯を食いしばる練習なしにです。

「歯をくいしばる努力をして、やっとの思いで乗り越えている自分」が好きな人もいますので、その方には、楽にできることより大切なことがあると思うから、勧めませんが、解決の糸口もつかめなくて悩んでいて、そのために諦めようとしている方がいるなら、その方にはオススメの内容です。

「たったこれだけ」で、今まで知らなかった世界に行けるんです。

こればかりは、体験しないとわかりません。

だって、未知の感覚ですから。感覚は、感じることでしか理解できません。

頭で考えていても、どんなに知識があっても、関係ないんです。

トップアスリートは頭が良いと思うんですが、頭が良い人がトップアスリートではないですよね。アスリートは、体という感覚器官を存分に使っているから、賢くなるんだろうって思います。

そういう意味では、ちゃんと踊れる人は賢いけど、知識が豊富で頭がいい人がちゃんと踊れるというわけじゃないってことです。

そこは別なんですよね〜

知識はないよりはあったほうがいい。でも、その程度。

体が理解することの方が、情報がたくさん含まれているんです。だから、文字情報だけじゃなくて、体を使って感じてください。

フラなんだから。

立つことはフラの基本

ベーシックステップについての相談の時に「体重移動が云々」と言う言葉を聞くことがよくあります。ちょっと待って。体重移動の前に、体重が乗っている感覚ってありますか?

人は、足の裏という非常に狭いエリアで体を支えます。

人のバランス能力って、きっと皆さんが考えているよりもはるかに優秀で、そのため、この狭い足の裏のエリア内に重心(重さの中心)が入っていれば良し、そのために、体を全部使って重さを均等になるように調整しますよ、というふうになっています。

頭という、すごく重いものがあっても倒れないのはこの力のおかげです。

だから、姿勢が崩れているというのは、ある意味、調整能力が発揮された結果なので、よかったね、とも言えます。もし、この能力が欠けていると、座れない、立てない、歩けないということが起こるから。歪もうが何しようが、立てる力があるんです。一方で、ちゃんと重さの中心が理想的な位置にいないことが長くなると、ずれているんだけど、そこを便宜上真ん中とみなす、ということをするのも体。

どういうことかというと、ダーツで説明します。ダーツを投げると、どうしても的の右側に集まっちゃう人がいたとします。本来なら、的を動かすなんてありえませんが、勝手に右にずらして、ダーツがよく刺さるところに中心を持ってきちゃいます。それで、成績良し、ダーツが得意としている。

そんな感じです。ずれているところでも、繰り返していると、そこがいいところって、思っちゃうんですね。人って。

これは、習慣が作ります。毎日の無意識がそうなっちゃうので、わかっているつもりでよくわからないんです。ずれていることを自覚できれば、そこから、修正ができるんですが、 この自覚って言う奴が結構厄介。だって、ずれていてGOODなので、疑いもしませんから。正しく立ててこその体重移動。本当の意味での真ん中がわかるから、そこに行こうとするだけで、踊りが安定するんです。

難しいことを言っているように聞こえるでしょうけど、それは、体験していないからです。体験すると、ああ、これが真ん中とか、これが足をついているってこと、とか、安定しているってこう言うこと、とわかるんです。

わかっている人にしてみたら、こんなに楽なのね!と思うはずですし、そうそう、この感じ。気持ちいいよねってわかるんです。

でも、体験していない人には、どう言ってもわからない。海の水がどのぐらいしょっぱいかは、舐めてみないとわからないし、それを海に行ったことがない人にわかるように説明しなさいって言われているぐらい、難しいことです。

テレビの食レポで、どんなに美味しいと言われても、全くわかりませんよね。こんなの食べたことない!って言われてしまったら、食べたことがないものを想像しながら感じるしかない。(さて、どうやって???)

すごくおいしんだろうなぁ、どんな味かなと、楽しく想像するしかないし、それで満足できなかったら、行って食べるしかない。

だから、フラの基本は立つことで、ちゃん立てればふらつかないよ、って言うのを実感できないのは、ちゃんと立つが体験でいていないからなんです。体験したかったら、ハレ・オハナにぜひいらしてね。フラのレッスンでもある程度はわかるように、準備運動にカラダ作りのエッセンスを取り入れてはいますが、それでも十分とは言えないです。

基本が変わると、いろいろ変わるので、ぜひ、それを感じていただきたいです。

私自身が、すごく助けられたんです。そして、すごく楽になった。だからこそオススメしています。やった人にだけわかる、この感覚を、味わっていただきたい。

一人でやらないメリット

すごくたくさんあるんです。特に私にとって

ハレ・オハナの運営には直接関わってはいないのですが、ハレ・オハナには、自慢の講師陣がいます。いろんな講座を受け持ってくださっている、頼もしいパートナーさんたちに、いろんな角度からハレ・オハナを見守っていただいています。

たまに呼ぶゲスト講師とは違って、愛着を持ってくださっているので、生徒さんたちは私以外のあり方、やり方に触れるいい機会になっています。

講師って、ともすると、上に立ってしまいがちなんですが、ウチの自慢の講師たちは上に立つのではなく、フラットな目線で、ちゃんと伝わるようにと配慮した講座やレッスンを行ってくれるので、本当にみんな大好き。

私は、実はあんまりビジネスが得意じゃないので、販促も下手だし、どうやっていったらいいかについてずいぶん悩んでいるんです。過去もそうでした。だから、ビジネス系のセミナーにも、かなり参加したんですが、その中で、最も心に響いたのが「一人でやらない」ということ。

私自身は、独立独歩の人で、友達も少なくて、心許せる友達というと、片手でも余るという人なんです。

いろんな人と触れ合うのが苦手でしたし、自分じゃない考えを受け入れるって言うのにだいぶ苦労しました。今も、あんまり得意じゃないけど、こういう仕事なので、なるべくそう見せないようにしています。

かつては、一人で動くことしか考えてなかったんです。でも、スタジオを偶然持ててしまって、考えました。これ、一人じゃ回せないと。

でも、人を雇うゆとりなんてない。そこで、いろんなことが得意な人に場所を提供して、そこでレッスンしてもらおうということにしたんです。

これが案外、良かった。

もともとやっていた、フラの為のカラダ作りのワークショップに加えて、ウクレレレッスン、ハワイアンキルトレッスン、英会話、ステージメイク講習、そして学び方を学ぶ講座など、多彩な展開ができるようになりました。

外部から有名講師を招くことって、結構簡単。これは、お金が解決する問題だし、生徒全員出席を義務にすれば、人も集められるしね。

でも、部屋の鍵を預けて、適当に開けて使ってくださいね、と言える人って、そんなに多くないんですよね。それだけ、信頼していないと無理。信頼関係をしっかりと築いてくれる人じゃないとできない話です。

そんな人で、なおかつ専門性が高い人って、結構貴重な人材です。

おまけに、講師陣の講義を最も聞いているのは私なわけです。いない時もあるけど、いる時も多いから。そうすると、うんと刺激を受けます。なるほど〜こうするのか、とか、これいただき!とか。

とにかく、指導スキルが高くて、勉強になります。

一人でやらなくて良かった〜と、心から思います。

今、行き詰まっている方、ぜひ、ハレ・オハナ文化部や、カラダ作りのワークショップ、いすフラ講座などに来てください。フラじゃない視点からの学びが、フラの歩みを進めてくれると思います。講師の先生方は、本当に人をよく見ているので、言うことが的確で、でも優しいんですよ。私が一番きつい言い方するなぁって、反省してます。

フラにどっぷり浸かっていると、一般的な視点が抜け落ちることもあります。それはあんまりいいことじゃないです。そこに、常識的な視点から「こうした方がいいんじゃない?」と言う一言があると、ハッとします。軌道修正にもなります。

そんな意見を言ってくれて、そんな視点をくれる講師の先生方に、とっても感謝しています。よくある「先生のダンナ」って言う存在じゃないから、生徒の皆さんもよく聞いてくれるし。ほんと、このやり方良かったです!

お仕着せのエクササイズでは改善できないこともある

むしろ悪化することも…

よそ様のことを悪くいうのは基本的にはしないのですが、今回ばかりは腹が立って。

情けないし、そこに対して、何にもできない自分の不甲斐なさが腹立たしい。

まず、私は理学療法士です。医師の指示の元で、徒手的な方法(手を使って揉みほぐしたりすること)や運動療法(運動すること、促すこと)を治療として行えます。

人の動きの理想形を知っているので、そこからどのようにずれているのかを見極めて、運動指導をすることが求められます。部分だけじゃなく、全体を見てバランスを見て、その人のライフステージまで考えてエクササイズを組み立てて実行します。

これって、ものすごいスキルだって思います。
それゆえ、ある程度の経験になるまでは、教科書通りのエクササイズを行うことになります。それで、経験を積んで、オリジナルになっていきます。

ところが、これと逆行する事例に出会いました。

「〇〇症専門治療院:〇〇式体操と治療器具で改善例多数」なんて標榜しているところでやっていることが、30年前に私が学校で習ったこととおんなじって、あまりにも酷すぎない?って思います。

しかも、それをやればやるほど、症状が悪化しているように感じるって、どういうこと?と思います。きっとこのままいったら「ちゃんとやってないから悪化した」っていうんでしょうね。冗談じゃない。

代償運動という、本来の目的としているところじゃない部分を使って、さもできているように動く動きを見極められずに、教科書に書いてある運動をさせていればいいって、適当すぎるって思います。運動は、治療方法でもあるから、効果のあるやり方なら絶大な効果があるんですが、間違えると毒になるんです。
代償運動が積み重なって、ひどい肩こりや膝、腰の痛みに繋がることってよくある話で、代償運動を改善しないと結局治らないんです。

なのに、そこを見極めず、形だけを真似てやる運動は、危険極まりない。それを治療と標榜するならなおさら、厳しいプロの目でちゃんと指導して欲しかった。
治りたいと思ったら、藁をも掴む思いでいくわけですよ。それなのに、中身はだいぶ昔に作ったとしか思えないトレーニング本と治療器具?それってどうなの?

だけど、ホームページなどを見る限り、効果がありそうに見えるんです。絶対、ネットでサーチしたら引っかかるよね。

治療器具についても、多分同等ぐらいのお値段でもっと軽くて手入れがしやすいものを紹介できたと思うし、もっと汎用性のあるものを紹介できた。

トレーニング本は、やり方しか書いてないし、どこに気をつけるなんてほとんど書いてないし、どこに効果があるなんて書いてない。これって、昔、患者さんが家に帰ってできるようにと退院時の指導として私が手書きで書いたエクササイズ指導書の方がまし。

それで専門治療院だって?冗談じゃないよね。

ただ、私は、今の立場上、治療いたしますとは言えないので、何にもできずこうして怒りをぶちまけるしかできないんです。情けないったら。

困り果てて一生懸命探して行ってみたら脅かされて、言いなりになっている。そんな人が多いんだろうなぁと思うと、そこに対して何にもできない自分が情けないし、力がないってことを思い知るばかりで、本当に悲しいし、プロならちゃんとやってよ、と声を大にして言いたい。

わかってるのかなぁ?お客さんや患者さんの側は、最後の最後の頼みの綱って思っているかもしれないのを。そのすがるような気持ち、わからないかなぁ?

ものすごいもやっとした気持ちです。

私では力不足だから、他に行くっていうのは全然構わないけど、その結果が悪化って。

行った先は、私以上のことをするところのはずよね?って思っちゃう。

まぁ、引き止めもしないんだけどね。ハレ・オハナのようなところは、皆さんが自由に選んで良いところだから。

ただ、こういう例があるっていうのは知っていただきたい。皆さん自身の目でちゃんとみて、体でちゃんと感じて、判断してください。脳は洗脳されるから、気をつけてくださいね。