伝えることの意義

だから、伝えたい

私たちの命は、永遠ではありません。

これをどのぐらいの人が感じ、どのぐらいの人が真剣に捉えているでしょうか。

永遠じゃないということは、自分の頭の中にあるものを残していかなければ、自分の代で終わるということなんです。どんなに優れた能力の人でも、死んでしまえば屍になるだけ。どんな天才も、生きながらえることは出来ないんです。

ハワイのクムは、そのことをよく知っているので、次の世代に伝えるということに真剣に取り組んでいます。日本に来てくださっているクムフラの中には、お金儲けが目的になっている人もいるかもしれませんけど、多くのクムフラは、その知識を伝えようと思って来てくれます。

作り方がわかれば、壊れた時に治せる。惜しみなく知識をシェアしてくださるクムフラの姿から、私たちが学ばなければならないことがたくさんあるな、と思います。

人は完璧ではない。かけているところがある。だから、いろんな人から学ぶことが大事だ、と。すごく重たい言葉です。

私自身は今、フラのためのカラダ作りをきちんとした形にしなければと思っています。多分、フラのステップを学ぶメソッドのようなものがあるはずだと思うんです。ハワイのクムのやり方も知りたいですが、おそらく、子供達に向けてのメソッドだと思います。大人向けの、しかも、フラに接するまで運動らしい運動をしてこなかった人に向けてのメソッドってないだろうと思います。

子供と同じように教わっても、出来ないんですよ。学ぶための方法が大人と子供では違うから。それでもやり切っちゃう人もいますが、大抵は「子供のようには覚えられない」と諦めていくんです。でも、絶対できると思っています。

そこをしっかりと形にできたら、初心者にフラを教える方法がわかるです。初心者も迷わないで習える。きっと、そうできるって信じています。早く形にしてよという気持ちもわかるんですけど、ちょっと待ってね。産みの苦しみを味わっています。まだ、育ち切ってない感じ。

でも、やりますよ。伝えないと、ここで終わっちゃうから。

フラのためのカラダ作りを、料理をする前に包丁を研ぐことみたいだと、例えてくれたクライアントさんがいます。包丁を研ぐことが目的じゃなくて、美味しい料理が気持ちよくできるようにするための準備と。上手いこと言うなぁと思いました。

そうありたいし、皆さんにもそうであってほしいなと思います。

フラを踊る楽しさを知っているなら

それを分かち合いませんか?

フラを踊っている方の多くが、フラは単なる趣味ではなく、自分の人生の一部だと感じているんだろうと思います。(特にハレ・オハナの記事を読んでいる方は)

だから、長く踊りたいと思っているし、美しく踊りたいという欲も出るんでしょう。

その気持ち、すごく理解できます。

そんな皆さんと一緒に、踊る楽しさを伝えられたらなぁと思っています。

いすフラを本気で広めようと決意したのは、某有料介護付き住宅のレクリエーションの一環というお仕事を頂いた時でした。

「慰問という形ではなく、参加型のアクティビティーを」というのが施設側のご要望でした。

それまでも、いろんな活動があったそうなのですが、歌いながら踊るというのは初めてで、利用者様の反応も良かったんだそうです。私自身は比較できないのですが、歌うだけよりも、反応が良いと。

きっと、「歌える歌に合わせて体を動かす」というのが良かったんだろうと思います。

フラをやったことがない人も、楽しい。

もちろん、フラをやっていた人も楽しんです。

私たちもそうなる可能性があるのですが、病気や怪我などで、今までのように踊れなくなったけど、椅子に座ってなら踊れる。

足腰の問題だけじゃなくて、目の問題、バランスの問題など、外からじゃわからないことが問題で踊れなくなることもあります。

「もうフラはできないと思っていたけど、座っても踊れるなんて楽しくて仕方ない」という声を聞くと、ああ、やってて良かったと思います。

長年踊っていたカルチャースクールの生徒さんは、ハンドモーションなどは私よりもよっぽど上手。ただ、年齢とともに新しいことを理解するに時間がかかるので、ハワイ語じゃなくて日本語の、それも知っている曲なのがいい、と言ってくださいました。知らない曲は、曲を理解するまでも大変ですよね。私も、最近、全く知らない歌謡曲を歌う練習していたので、覚える大変さをよく理解できます。

●知っている曲

●座って踊れる

この2点が、ハレ・オハナの提案するいすフラの基本です。

フラを踊る楽しさ、それと、知っているメロディーに乗って体を動かす楽しさ、その両方を味わっていただいています。どうしてこれが大事なのかという、理論的な背景や、動きを伝える時に大事なことなどを学んで、いすフラを行えるようになるいすフラコンダクター養成講座を、今月末に開催します。

もしあなたが、フラを楽しんでいて、それが人生の一部になっているのでしたら、ぜひその楽しさをもっと多くの人と分かち合ってみませんか?

あなたの目の前に広がる笑顔を見られるって、この上なく幸せです。

楽しそうに笑顔の花が咲いている様子は、こちらがフラを披露している時とは全く違う種類のもので、笑顔のキャッチボールをしているみたいです。

「楽しかった、ありがとう」と、心から双方が言えるいすフラ。

あなたも、楽しさを届ける人になれます。

興味がある方は、ぜひ講座にいらしてください!

いすフラコンダクター養成講座の詳細はこちら

ニヤニヤしちゃう

お悩み解決できると嬉しい

いつも、ハレ・オハナをご利用いただきまして、ありがとうございます。

フラのためのカラダ作り+パーソナルフラレッスンは、いい組み合わせですね。

自分でメニューを決めておいて言うのもなんですが、フラのお悩み解決の駆け込み寺的なメニューになりますね。

こんな振りができない、このステップがうまくいかないと言うのを、体を根本から立て直して解決するので、その練習をしなくても上手くなっちゃう、魔法のようなメニューです。

エクササイズの後は、いつだって「うそ、あんなにできなかったのになんでできるの?」と言う驚きの声が聞かれます。しかも、歯を食いしばる練習なしにです。

「歯をくいしばる努力をして、やっとの思いで乗り越えている自分」が好きな人もいますので、その方には、楽にできることより大切なことがあると思うから、勧めませんが、解決の糸口もつかめなくて悩んでいて、そのために諦めようとしている方がいるなら、その方にはオススメの内容です。

「たったこれだけ」で、今まで知らなかった世界に行けるんです。

こればかりは、体験しないとわかりません。

だって、未知の感覚ですから。感覚は、感じることでしか理解できません。

頭で考えていても、どんなに知識があっても、関係ないんです。

トップアスリートは頭が良いと思うんですが、頭が良い人がトップアスリートではないですよね。アスリートは、体という感覚器官を存分に使っているから、賢くなるんだろうって思います。

そういう意味では、ちゃんと踊れる人は賢いけど、知識が豊富で頭がいい人がちゃんと踊れるというわけじゃないってことです。

そこは別なんですよね〜

知識はないよりはあったほうがいい。でも、その程度。

体が理解することの方が、情報がたくさん含まれているんです。だから、文字情報だけじゃなくて、体を使って感じてください。

フラなんだから。

立つことはフラの基本

ベーシックステップについての相談の時に「体重移動が云々」と言う言葉を聞くことがよくあります。ちょっと待って。体重移動の前に、体重が乗っている感覚ってありますか?

人は、足の裏という非常に狭いエリアで体を支えます。

人のバランス能力って、きっと皆さんが考えているよりもはるかに優秀で、そのため、この狭い足の裏のエリア内に重心(重さの中心)が入っていれば良し、そのために、体を全部使って重さを均等になるように調整しますよ、というふうになっています。

頭という、すごく重いものがあっても倒れないのはこの力のおかげです。

だから、姿勢が崩れているというのは、ある意味、調整能力が発揮された結果なので、よかったね、とも言えます。もし、この能力が欠けていると、座れない、立てない、歩けないということが起こるから。歪もうが何しようが、立てる力があるんです。一方で、ちゃんと重さの中心が理想的な位置にいないことが長くなると、ずれているんだけど、そこを便宜上真ん中とみなす、ということをするのも体。

どういうことかというと、ダーツで説明します。ダーツを投げると、どうしても的の右側に集まっちゃう人がいたとします。本来なら、的を動かすなんてありえませんが、勝手に右にずらして、ダーツがよく刺さるところに中心を持ってきちゃいます。それで、成績良し、ダーツが得意としている。

そんな感じです。ずれているところでも、繰り返していると、そこがいいところって、思っちゃうんですね。人って。

これは、習慣が作ります。毎日の無意識がそうなっちゃうので、わかっているつもりでよくわからないんです。ずれていることを自覚できれば、そこから、修正ができるんですが、 この自覚って言う奴が結構厄介。だって、ずれていてGOODなので、疑いもしませんから。正しく立ててこその体重移動。本当の意味での真ん中がわかるから、そこに行こうとするだけで、踊りが安定するんです。

難しいことを言っているように聞こえるでしょうけど、それは、体験していないからです。体験すると、ああ、これが真ん中とか、これが足をついているってこと、とか、安定しているってこう言うこと、とわかるんです。

わかっている人にしてみたら、こんなに楽なのね!と思うはずですし、そうそう、この感じ。気持ちいいよねってわかるんです。

でも、体験していない人には、どう言ってもわからない。海の水がどのぐらいしょっぱいかは、舐めてみないとわからないし、それを海に行ったことがない人にわかるように説明しなさいって言われているぐらい、難しいことです。

テレビの食レポで、どんなに美味しいと言われても、全くわかりませんよね。こんなの食べたことない!って言われてしまったら、食べたことがないものを想像しながら感じるしかない。(さて、どうやって???)

すごくおいしんだろうなぁ、どんな味かなと、楽しく想像するしかないし、それで満足できなかったら、行って食べるしかない。

だから、フラの基本は立つことで、ちゃん立てればふらつかないよ、って言うのを実感できないのは、ちゃんと立つが体験でいていないからなんです。体験したかったら、ハレ・オハナにぜひいらしてね。フラのレッスンでもある程度はわかるように、準備運動にカラダ作りのエッセンスを取り入れてはいますが、それでも十分とは言えないです。

基本が変わると、いろいろ変わるので、ぜひ、それを感じていただきたいです。

私自身が、すごく助けられたんです。そして、すごく楽になった。だからこそオススメしています。やった人にだけわかる、この感覚を、味わっていただきたい。

一人でやらないメリット

すごくたくさんあるんです。特に私にとって

ハレ・オハナの運営には直接関わってはいないのですが、ハレ・オハナには、自慢の講師陣がいます。いろんな講座を受け持ってくださっている、頼もしいパートナーさんたちに、いろんな角度からハレ・オハナを見守っていただいています。

たまに呼ぶゲスト講師とは違って、愛着を持ってくださっているので、生徒さんたちは私以外のあり方、やり方に触れるいい機会になっています。

講師って、ともすると、上に立ってしまいがちなんですが、ウチの自慢の講師たちは上に立つのではなく、フラットな目線で、ちゃんと伝わるようにと配慮した講座やレッスンを行ってくれるので、本当にみんな大好き。

私は、実はあんまりビジネスが得意じゃないので、販促も下手だし、どうやっていったらいいかについてずいぶん悩んでいるんです。過去もそうでした。だから、ビジネス系のセミナーにも、かなり参加したんですが、その中で、最も心に響いたのが「一人でやらない」ということ。

私自身は、独立独歩の人で、友達も少なくて、心許せる友達というと、片手でも余るという人なんです。

いろんな人と触れ合うのが苦手でしたし、自分じゃない考えを受け入れるって言うのにだいぶ苦労しました。今も、あんまり得意じゃないけど、こういう仕事なので、なるべくそう見せないようにしています。

かつては、一人で動くことしか考えてなかったんです。でも、スタジオを偶然持ててしまって、考えました。これ、一人じゃ回せないと。

でも、人を雇うゆとりなんてない。そこで、いろんなことが得意な人に場所を提供して、そこでレッスンしてもらおうということにしたんです。

これが案外、良かった。

もともとやっていた、フラの為のカラダ作りのワークショップに加えて、ウクレレレッスン、ハワイアンキルトレッスン、英会話、ステージメイク講習、そして学び方を学ぶ講座など、多彩な展開ができるようになりました。

外部から有名講師を招くことって、結構簡単。これは、お金が解決する問題だし、生徒全員出席を義務にすれば、人も集められるしね。

でも、部屋の鍵を預けて、適当に開けて使ってくださいね、と言える人って、そんなに多くないんですよね。それだけ、信頼していないと無理。信頼関係をしっかりと築いてくれる人じゃないとできない話です。

そんな人で、なおかつ専門性が高い人って、結構貴重な人材です。

おまけに、講師陣の講義を最も聞いているのは私なわけです。いない時もあるけど、いる時も多いから。そうすると、うんと刺激を受けます。なるほど〜こうするのか、とか、これいただき!とか。

とにかく、指導スキルが高くて、勉強になります。

一人でやらなくて良かった〜と、心から思います。

今、行き詰まっている方、ぜひ、ハレ・オハナ文化部や、カラダ作りのワークショップ、いすフラ講座などに来てください。フラじゃない視点からの学びが、フラの歩みを進めてくれると思います。講師の先生方は、本当に人をよく見ているので、言うことが的確で、でも優しいんですよ。私が一番きつい言い方するなぁって、反省してます。

フラにどっぷり浸かっていると、一般的な視点が抜け落ちることもあります。それはあんまりいいことじゃないです。そこに、常識的な視点から「こうした方がいいんじゃない?」と言う一言があると、ハッとします。軌道修正にもなります。

そんな意見を言ってくれて、そんな視点をくれる講師の先生方に、とっても感謝しています。よくある「先生のダンナ」って言う存在じゃないから、生徒の皆さんもよく聞いてくれるし。ほんと、このやり方良かったです!

お仕着せのエクササイズでは改善できないこともある

むしろ悪化することも…

よそ様のことを悪くいうのは基本的にはしないのですが、今回ばかりは腹が立って。

情けないし、そこに対して、何にもできない自分の不甲斐なさが腹立たしい。

まず、私は理学療法士です。医師の指示の元で、徒手的な方法(手を使って揉みほぐしたりすること)や運動療法(運動すること、促すこと)を治療として行えます。

人の動きの理想形を知っているので、そこからどのようにずれているのかを見極めて、運動指導をすることが求められます。部分だけじゃなく、全体を見てバランスを見て、その人のライフステージまで考えてエクササイズを組み立てて実行します。

これって、ものすごいスキルだって思います。
それゆえ、ある程度の経験になるまでは、教科書通りのエクササイズを行うことになります。それで、経験を積んで、オリジナルになっていきます。

ところが、これと逆行する事例に出会いました。

「〇〇症専門治療院:〇〇式体操と治療器具で改善例多数」なんて標榜しているところでやっていることが、30年前に私が学校で習ったこととおんなじって、あまりにも酷すぎない?って思います。

しかも、それをやればやるほど、症状が悪化しているように感じるって、どういうこと?と思います。きっとこのままいったら「ちゃんとやってないから悪化した」っていうんでしょうね。冗談じゃない。

代償運動という、本来の目的としているところじゃない部分を使って、さもできているように動く動きを見極められずに、教科書に書いてある運動をさせていればいいって、適当すぎるって思います。運動は、治療方法でもあるから、効果のあるやり方なら絶大な効果があるんですが、間違えると毒になるんです。
代償運動が積み重なって、ひどい肩こりや膝、腰の痛みに繋がることってよくある話で、代償運動を改善しないと結局治らないんです。

なのに、そこを見極めず、形だけを真似てやる運動は、危険極まりない。それを治療と標榜するならなおさら、厳しいプロの目でちゃんと指導して欲しかった。
治りたいと思ったら、藁をも掴む思いでいくわけですよ。それなのに、中身はだいぶ昔に作ったとしか思えないトレーニング本と治療器具?それってどうなの?

だけど、ホームページなどを見る限り、効果がありそうに見えるんです。絶対、ネットでサーチしたら引っかかるよね。

治療器具についても、多分同等ぐらいのお値段でもっと軽くて手入れがしやすいものを紹介できたと思うし、もっと汎用性のあるものを紹介できた。

トレーニング本は、やり方しか書いてないし、どこに気をつけるなんてほとんど書いてないし、どこに効果があるなんて書いてない。これって、昔、患者さんが家に帰ってできるようにと退院時の指導として私が手書きで書いたエクササイズ指導書の方がまし。

それで専門治療院だって?冗談じゃないよね。

ただ、私は、今の立場上、治療いたしますとは言えないので、何にもできずこうして怒りをぶちまけるしかできないんです。情けないったら。

困り果てて一生懸命探して行ってみたら脅かされて、言いなりになっている。そんな人が多いんだろうなぁと思うと、そこに対して何にもできない自分が情けないし、力がないってことを思い知るばかりで、本当に悲しいし、プロならちゃんとやってよ、と声を大にして言いたい。

わかってるのかなぁ?お客さんや患者さんの側は、最後の最後の頼みの綱って思っているかもしれないのを。そのすがるような気持ち、わからないかなぁ?

ものすごいもやっとした気持ちです。

私では力不足だから、他に行くっていうのは全然構わないけど、その結果が悪化って。

行った先は、私以上のことをするところのはずよね?って思っちゃう。

まぁ、引き止めもしないんだけどね。ハレ・オハナのようなところは、皆さんが自由に選んで良いところだから。

ただ、こういう例があるっていうのは知っていただきたい。皆さん自身の目でちゃんとみて、体でちゃんと感じて、判断してください。脳は洗脳されるから、気をつけてくださいね。

フラに必要な才能

唯一無二の才能はこれ

フラを踊るときに「自分には才能がないから」この程度でいいかなとか、これ以上は望まないとか、自分で限界を決めていませんか?

フラでもなんでもそうですが、特別な才能なんてないんです。

何かに秀でている人は、こういうと思います。「取り組んでいるものが好きだから」と。好きであるというのは、とても大切で、そして、おそらく、唯一無二の必要な才能です。好きだから、なんとかしたいと思うし、好きだから諦めたくないと思うんです。

それは、私の場合、フラだけじゃなくて、ハレ・オハナにも言えます。ハレ・オハナが好きだから、皆さんのことが好きだから、諦めたくないし、妥協もしたくない。まぁ、そういう気持ちが、私を厳しい人に見せるんだなぁと思います。

レッスンの時はかなりふざけているし、小さいお子さんと本気でおやつの取り合いをしたりしているんですけどねぇ。

諦めたくないから、地味な練習もします。極めて地味。フラの練習も必要ですから、それもやりますが、自分の体が思い通りに動かないというのは納得がいかないので、こうあってほしいというのを追求するのもやめません。

だって、自分のことにもとっても興味があるから。どうやって動いているのか、どこが動くのか、目の前でクムフラが踊っているのを見て「なるほど、ここが動くのか」と、自分でやってみて、上手くできないとしたら、どこが変なのかを徹底的に考えますし、自分の動きを客観的にみて、どう見えるのかを観察したり、とにかく、研究しています。

私にあるのはその才能だけ。とことん考えてとことんやるだけです。

生徒さんにはそんなこと言わないですよ。言ってもしょうがないから。だって、これが才能だとしたら、できない人がいても当然ですし、好きであることを強制することはできないし、歳だから、覚えが悪いからと諦めている人に、諦めるなということはできても、諦めるのをやめさせる方法はないので。それは本人にしかできないことだから、そこは信じているけど、期待していないです。

ただいま、ハレ・オハナでは、ハナリマクラスとエレガントクラスを除いた全てのクラスで、チャンティングの基本を学んでいます。私からやれ、と言っているものなので、生徒さんの受け取り方は様々だと思います。そんなことまでできなくてもいいと思っている人もいるでしょうし、やりたくない人もいるでしょう。私の前では言いませんが、結果を見れば、求めるのもがすぐにわかります。

チャンティングの基礎は、ものすごい地味なことの繰り返しで、でも、これをやることで、カヘアも絶対に良くなる。ハワイアンみたいなオリも可能になる。ただ、そこを重視していない人がいることも、承知。やりたい人、好きな人が、最終的にはハワイでも遜色ないオリができるようになっていくだけのこと。出来ないはない。やらないがあるだけ。やらないは、そういう選択をしたということ。それ以上でも以下でもないです。だからって、やらない人が嫌いということもないです。残念だなぁと思うだけです。

好きだから、よく見るんです。どうしたらいいかを考えるんです。それだけが、フラに必要な才能なんじゃないかな、と思います。他のことは、どうにかなると思います。

フラって特別な才能があるとかないとか、スーパーナチュラルな力があるとかないとか、そんなことに左右されるようなものじゃないって思います。

だから、みんなやりたいって思うんですよね。自分にも出来そうだから。それでいいって思うんです。

もう直ぐやってくる、ハワイの思いが世界に広がる時代

…と勝手に言っているだけです(笑)

表題はふざけていますが、心の中は案外本気で、そうなることと信じているんです。

令和という新しい時代がもう直ぐやってきます。

天皇の崩御ではなく、譲位で変わる年号。そのために、お祝いムード一色でいいですね。今上天皇も、粋なことなさいます。服喪期間もないから、本当にスタートダッシュが切れそうです。

そこで、令和。

万葉集から取られたそうで、日本的な響きが優しい。漢語からポリネシア語になったなぁと思っています。ハワイの人にも発音しやすいはずです。「LEIWA」

「HALEIWA」と似ているって、はしゃいでいましたが、実はもう一つ浮かんでいて、それが「LEI+和(輪)」なんです。LEIは、植物や貝などで作られた首飾りのことで、ハワイを始め東アジアからポリネシアに広く存在する装飾です。

ハワイ語では、大切な人や恋人、子供、人々などを裏の意味として持っています。

様々な花を編み込んだLEIは、それを編んだ人の思いも編み込むと言われていて、怒っていたりイライラして編んではいけないものなんですね。

ずべてのものが調和して、そこに存在しているLEI。それが和(輪)になっているって、なんか良いですよね。それぞれの美しさを調和させながら存在している。

美しい、ハワイっぽい元号だって思いました。

こんなカオナ(隠された裏の意味)だったら、良いと思いませんか?そして、令和自体も調和っていう意味だそうで、ハワイ語的に考えているのと同じ。

きっと、世界中にこの出来事は拡散するわけで、「令和」も広がるって思うんです。

ハワイアンは、言葉には特別なパワーがあると信じていました。日本語の言霊みたいに。この元号が、アロハスピリリッツや、和を以て貴しとなす日本の心を伝えてくれたらいいなぁ。世界中の争いや憎しみにあふれているところにも、温かな愛が降り注ぎますように。世界中が調和を大事にして、自分と同じように他者を尊重できる時代になりますように。この元号が、そんな日を連れてきてくれることを、期待しています。

皆さんにも、たくさんの幸せが降り注ぎますように!

バーチャルじゃ学べない何か

それを伝えるのも私の仕事

フラをお伝えしていて、嬉しいなぁと思うのが、私がハワイ島で実際に体験したことや、感覚的に感じてきたことを話すと喜んでもらえることです。

昨年、ハワイ島の住宅地に溶岩が吹き出して大騒ぎになっていましたけど、それがどのエリアで起こったことか、どういう風に人々が捉えていたのか、ペレってヒロの人にとってどういう存在なのかなど、実際に行って、感じたことをお話ししているのですが、よく考えるとそれって、情報などからはわからないものなんですよね。

きっと、私の強みはそこ。

実際に行くとか、話を聞くとか、現地のミュージアムで現地の人と一緒に学ぶとか、そうことを臆せずすること。

英語が得意でもないので、話は6割ぐらいしかわからないんだけど、半分以上わかればよし、と思うから、聞きたいことを聞いています。

昨年は、ダウンタウンにあるモクパパパというハワイの成り立ちを学べるミュージアムに、ボルケーノセンターの出張所ができていて、その看板を見て立ち寄ったら、ちょうど良い時間にボルケーノレンジャーの話があるっていうので、聞きに行き、興味深い話を聞いてきました。

もちろん、話が半分もわからないけど、無料だっていうし、チャンスだよね、と思ったら、とにかく行ってみるんです。それで、わからないこともたくさんあるけど、わかったことも多くて、ホクホクして帰ってくる。その話をみなさんにお伝えしているんです。ツナミミュージアムにも初めて行って、これから映画があるよ、と言われたのでそれもみて、戦前のヒロの町の様子などを知って面白かったんです。

ハワイで最初の鉄道は、ハワイ島に引かれたなんて、知らなかった。

歴史のことも、宇宙のことも、いろんなことが面白くて、そういうことを学べる場所があるってすごいなぁと思いながら、ミュージアム巡りをしていました。

今年はどこに行こうかな〜

昨年はサウスポイントの方面に行けなかったから、そこにしようかな。国立公園のパスを買ったほうが安いかもしれないから調べてみよう、なんて考えるんです。

そういう相談を地元の方にすると、あそこがいいよここがいいよと、とても親切に教えてくれて、そのついでにいろんな話になるんです。

半分ぐらいしかわからないけど、それでも面白い。その時に感じているいろいろを、フラに反映しようとしています。

行けないなら、せめてきてくれる人から感じて欲しいですね。クムフラから学ぶのは、そういう意味もあるって思います。

何よりも空気感が違うから。日本人でも理解できる忠実さと、大らかさが共存しているあの感性は、本当に温かいです。そこを目指して、私も頑張りたい。

クムフラになりたいわけじゃないです。クムフラにはなれないと思っているので、一指導者でいい。でも、生徒さんには、ハワイの雰囲気をちゃんと伝えたい。

ハワイに勉強に行っている先生方も多いので、そういうものは感じることができると思います。日本で学ぶだけじゃない何かを、伝えられたらいいなぁって思います。

少し前までは、自分がそこに行くことが大事だったけど、今はそれだけじゃなくなった。自分ばっかりがいい思いしても、それを伝えられなければ意味がないなぁって思って、なんとかしたいと頑張っています。

ちょっとはなんとかなっているかな?

クムフラ サミーヤングの富士山合宿ワークに来てね

新しいことをやると気がつくこと

自分のやり方の見直し

環境が変わる新年度。皆様、元気にお過ごしでしょうか?

私も、今年は新たな挑戦として、横浜開港祭で歌う、ドリーム・オブ・ハーモニーに参加することにしました。

小学校、中学校と合唱をやっていたし、高校でも芸術選択が音楽だったし、フラのレッスンでも歌いながら踊っているし、歌うことはちょっと自信があったのですが、1回目の練習で、その自信はなんの意味もないことに気づきました。

しばらく(真面目に)歌っていなかったので、音は取れないし、譜面は読めないし、こんなに何にもできなかったっけ?と思うぐらいです。ウクレレは演奏していましたが、演奏する楽譜って簡単だったのね、と改めて思う次第。きっと先生が簡単にしてくれたんですよね。

その上、カヒコでチャンティングをやっているから大丈夫なんて思っていたら、声は出ないし、息が持たないし、全然ダメダメな自分に気がつきました。おーい、大丈夫かぁ?と自分に言ってしまうぐらい、歌えない自分…レッスンで歌っているぐらいじゃダメだった。

合唱って、カラオケなどとは違うから、肺活量がかなり必要です。あるつもりでなかった肺活量。そして、喉を開いての発声も、まだまだ改善の余地あり、とわかりました。

いつもと同じだと気がつかないことでも、ちょっと違うことをすると、足りないところや過剰なところに気がつく。新しいことって、だからいいんですよね。

自分の生活を変えたかったら、何かを始めるのがいいかな、と思います。ドリーム・オブ・ハーモニーは今年はもう締め切られているので、次のチャンスは来年です。もちろん、歌もいいんですが、そうじゃないことでも何か挑戦してみるっていいですよ。

ハレ・オハナでは、フラのレッスンはもちろん、ウクレレのレッスンやハワイ語の勉強会、ハワイアンキルト・刺繍のレッスン、フラに役立つ解剖学の勉強やストレッチ、筋トレなど、いろんな講座を行なっています。

私の経験上、フラだけをやってくると、世界がすごく狭くなって、同じチームの自分より優遇されていると思う人に対してやっかんだり妬んだりしやすくなるんです。慣れた狭い世界にいると、自分が必要とされていない、あるいはないがしろにされていると感じるんじゃないかな。職場や学校でよく聞く、いじめと同じかなと思うんです。

でも、新しいところに一歩踏み出してみると、もっと世界は広くて素敵で、明るくて開放的なんだってことに気がつきます。これは、とても素敵なことですね。

フラって、生きることそのものなんです。いろんな心を知っていることは、そのままフラにつながります。どうしても、正しいフラをと思ってしまいがちな真面目な日本人なので、自分の世界を広げることを忘れがちになってしまいます。

多様な考え方を受け入れて、それを自分の心として表現するのもフラ。そうなりたいなら、新しい一歩は踏み出してみたらどうかな、と思います。

いろんな生き方があって、それが自分にいい刺激をくれる。そんな新年度になりますように。