教えると導くは全く違うんですって

無自覚にプレッシャーを与えていた⁈


フラって「教わる」ものだと思っていませんか?

私は思っていました。だからよく「もっと先生に教わりたい」と思っていたし、言ったこともあったかと思います。

今の私は、フラを「教える」とは思っていません。

「一緒にフラを学ぶ」と思っています。だから、わからないことはわからないと言いますし、出来ないことは出来ないと言うし、生徒さんの意見を求めることも多いです。

この曲を、どう解釈するか、どんなイメージがあるか、みんなで話します。こう言うやり方が苦手な人もいますね。その方は、フラをもっとレベルアップしようというよりは、今を楽しく過ごせればいいという、「今充実派」であるように見えます。

どうしようか、と考えている人は、「未来志向派」ですね。

未来を見据えると、今どうしたらいいのかが見える。だから、みんなで考えるということをしています。

この考え方は「学習」というものに関係があります。お勉強するではなく、より良い自分になるための方法です。

それを誘導するのが、ファシリテーターの役割。

そして、どうやら私は、ファシリテーターの時とティーチャーの時で、人格が変わるんだそうです。

まったく無自覚です。なんて恐ろしい。

ファシリテーターの時の、受容的な態度は、教えるモードになった途端消えて無くなるんですって。

それは生徒さんに要らぬプレッシャーを与え、学習や記憶を阻害します。ヤバイ!

どんなに優しく教えても、そうなんですって。

そして、教えている側は、それを良いと思っている傾向があり、受け取っている側は頑張ってついていこうとする。

それって、すごく緊張感が高い状態を生んで、フラ本来の自己開示から遠ざかってしまいます。

正しさが好きで、真面目な日本人のフラが、面白味がないのは、これのせいかもしれません。

それを、見える化するように設計したといてら講座に、ぜひいらしてくださいね。私が、モデルとなりますので、タップリといじってください。

怖い先生が良いとは言えないということが、体感出来るかも。

それが、どのくらい覚えられないようにしているかを実感してください。
https://coubic.com/toiteratokyo/382735



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