クラフトワークから見えること

面白いよ〜

カヒコで使うレイは、原則としては本物の葉を使います。

でも、毎回毎回、直前に準備するのでは大変ですし、1回限りで終わるということは、他でカヒコのパフォーマンスをするときに改めて作り直すことになり、コストの面でも大変です。だから、ハレ・オハナでは、造花を使いますが、せめて手作りすることにしています。それもやらないクラスもありますけどね。そこは、完全にお楽しみのクラス。

真面目にフラを踊りたければ、こういうことも頑張ろうね、ということで、今週は、レイメイキングの時間が多いです。

レイ作りって、準備から始まります。

材料の調達は私がしますけど、それを編める状態にするのは、自分たちでやること。

そこから、とても個性があって面白いです。

ハサミで切るだけの簡単な準備なのですけど、個性や思考のパターンが分かる。

編み始めると、器用不器用では説明が出来ないことが起こります。

個人的に、不器用ってなくて、自分が何をやったかをちゃんとわかっているかどうかだけが問われるのですね。

「なんで出来ない?」とイライラしても、こうなりますよ、という風になっていないことに気づかず進んでいるだけです。

私が作っている過程だけをみてると、簡単そうなんですね。

ところがこういうクラフトワークって、どこに手を置き、何を押さえるかがとても重要なんですけど、そこを聞く人はいない。

見るに見兼ねて教えても、自分の手が何を持ち、何を押さえているかを把握していないと、出来ないです。

手が離れていたり、5本ある指を全部使っていなかったりします。

こうして文章で読むと、何言ってるの?簡単じゃない、言われた通りにやればいいんでしょう?なんて思うでしょうけど、大抵の方は、初めてのレイメイキングでとんでもない筋肉痛になります。

それは、自分の手を使い切っていないから。もちろん、手加減などは経験から得られるものなので、数をこなすことが大切になってきます。

理屈がわかっても、出来ないのはそのため。練習が足りない。そして、一度やったはずなのに出来ないのは、経験から学ぶことをしていないから。

私自身は、ハワイ島で作るレイは、ハワイ島でしかやらない方法なのですけど、自分で言うのもなんですが、作るたびに上達しているように思います。

まだまだ、工夫はできると思いますけど、それは、もっとこうしたらいいかもな、と考えながらやっているから。

漠然と作るってことはしていません。

もちろん、失敗もあります。

それは次の糧。だから、悪いとは思わないのです。

こういうところにも、学習はあります。

それぞれの学びがあると信じて見守るのも、体力のいること。それぞれの学ぶ方法も違うので、見せたほうがいい人、言葉の方がいい人、大まかに理解する方がいい人など様々ですから、それを支援する。

フラの指導も、レイメイキングの指導も、根っこは同じです。

もちろん、他のことも。

ラーニングファシリテーションを知っていてよかったなぁと思うのはこんなときです。そのおかげで、教えたことないから分からない、自分の教え方のせいでわからないんじゃなくて、生徒さんが理解しないほうが悪い、なんて言わなくて済んでます。

教えたことがないということに固執すると、レイメイキングの先生を招いて教わ流ことになると思います。でも、それって時間の融通がきかないし、生徒さんにも負担を強いることになりますから。それをしなくて済むっていうだけでも、よかったな、と思います。

もちろん、プロから学ぶこともありますけど、はっきり言ってレイ作りって、経験するしかないの。その経験をどうやって積むのかは、人それぞれです。

そのあたりも見えてきます。

個性的な生徒さん達ですが、それがもっとはっきりするレイメイキング。面白いです。



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