言わなくちゃわからないから

あんなりにも衝撃的だったので、普通は今日の今日で起こったことって書かないんですけど、今日は特別。

もうすぐ発表会。皆さんの教室ではどんな練習をするのでしょう?

ハレ・オハナでは、フォーメーションの練習に余念がないです。

この「フォーメーション」に関して、衝撃的な事実が明らかになりました。

発表会は2回め、他にもイベント出演の経験があるし、他のハーラウに所属していたことがある人からの一言と、その説明をしている時の他の生徒さんの反応に、「えええええ!!どういうこと???」と、心の底から驚きました。

なにそれ〜、前提が全く違うんじゃ、理解しようがないね。

そこでわかった、他のハーラウのフォーメーションってどういうものか、ということ。もちろん、コンペクラスになると、きちんとやるんでしょうけど…そういえば、他の教室のコンペ出場経験者が、本番直前に先生にフォーメーションのことでひどく叱られているのを見たことがありました。ということは、私が思っていることは、その先生は知らないってこと?

あらら、そうだとすると、フォーメーションってなんのためにやるんでしょう?

曲のイメージを膨らませるためじゃなくて、みんなが順番に前で踊るため?そんなことのために、動くの?

かっこいいフォーメーションがやりたい気持ちもわかるし、それをやるためには大事なことがたくさんあるけど、その前提の知識がないから、感覚に頼ることになるんだろうね。わー、怖い!そんな不確実なことで、コンペに出るの?

私は、もともと、フォーメーションってこういうもの、ということを、直接ではないけど教わってきたので、みんなが教わっているものだと思っていました。それって、フラを踊る人なら当たり前かと。

メリーモナークの舞台上で繰り広げられるフォーメーションは、こういう考え方でやっているっていうことなので、基本中の基本と。でも、そうじゃなかった…

もちろん、全員が理解していないわけじゃないし、先輩方の何人かは、理解していると思うんです。そこも、大きな問題。自分が分かっていれば良い、から脱却しないと、kōkuaになれないし、もちろん、alakaʻiになるなんて言語道断。先生だからalakaʻiではない、と思っています。alakaʻiはkumu(根源)に導く人。そこまでの道を示す人。

そのためには、自分のためじゃなくて、他者のためにつくす必要があるんです。

それができるかどうかを、私はじっくり見ています。踊りが上手いから?覚えが早いから?そんなの最終的には関係ないんです。ちゃんと道を示せる人が、これから、ハレ・オハナに必要な人材で、そういう人が育つことも大事だし、きてくれることも大事、と思っています。

やっぱりここにつながる。
自分の考えを言える人は、導ける人でもあるんですね。私はこう理解している、と言えるって、すごく大事なこと。それがあると、こちらも、そういう理解なら、確かにこれはわからないね、こういうことですよ、と説明できますから。それを一緒に聞く仲間も、理解が進む。自分だけが理解できればいいではなく、みんなはわかってるの?教えて、と言える心の在り方って、周囲を巻き込んで、より良くなる力を生むんです。そうなってほしい。そうなるかな?

発表会まであと少し、それまでに、ちゃんと協力できるかな?そうなっていれば、そういう空気感が舞台から感じられるはずです。それって、絶対伝わるから。正直なところ、それが一番怖いです。踊りの間違いは、どうでもいい。間違えるもんでしょって思うから。でもね、クラスの雰囲気って、伝わるんだよね。怖いよ〜



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