新しいことをやると気がつくこと

自分のやり方の見直し

環境が変わる新年度。皆様、元気にお過ごしでしょうか?

私も、今年は新たな挑戦として、横浜開港祭で歌う、ドリーム・オブ・ハーモニーに参加することにしました。

小学校、中学校と合唱をやっていたし、高校でも芸術選択が音楽だったし、フラのレッスンでも歌いながら踊っているし、歌うことはちょっと自信があったのですが、1回目の練習で、その自信はなんの意味もないことに気づきました。

しばらく(真面目に)歌っていなかったので、音は取れないし、譜面は読めないし、こんなに何にもできなかったっけ?と思うぐらいです。ウクレレは演奏していましたが、演奏する楽譜って簡単だったのね、と改めて思う次第。きっと先生が簡単にしてくれたんですよね。

その上、カヒコでチャンティングをやっているから大丈夫なんて思っていたら、声は出ないし、息が持たないし、全然ダメダメな自分に気がつきました。おーい、大丈夫かぁ?と自分に言ってしまうぐらい、歌えない自分…レッスンで歌っているぐらいじゃダメだった。

合唱って、カラオケなどとは違うから、肺活量がかなり必要です。あるつもりでなかった肺活量。そして、喉を開いての発声も、まだまだ改善の余地あり、とわかりました。

いつもと同じだと気がつかないことでも、ちょっと違うことをすると、足りないところや過剰なところに気がつく。新しいことって、だからいいんですよね。

自分の生活を変えたかったら、何かを始めるのがいいかな、と思います。ドリーム・オブ・ハーモニーは今年はもう締め切られているので、次のチャンスは来年です。もちろん、歌もいいんですが、そうじゃないことでも何か挑戦してみるっていいですよ。

ハレ・オハナでは、フラのレッスンはもちろん、ウクレレのレッスンやハワイ語の勉強会、ハワイアンキルト・刺繍のレッスン、フラに役立つ解剖学の勉強やストレッチ、筋トレなど、いろんな講座を行なっています。

私の経験上、フラだけをやってくると、世界がすごく狭くなって、同じチームの自分より優遇されていると思う人に対してやっかんだり妬んだりしやすくなるんです。慣れた狭い世界にいると、自分が必要とされていない、あるいはないがしろにされていると感じるんじゃないかな。職場や学校でよく聞く、いじめと同じかなと思うんです。

でも、新しいところに一歩踏み出してみると、もっと世界は広くて素敵で、明るくて開放的なんだってことに気がつきます。これは、とても素敵なことですね。

フラって、生きることそのものなんです。いろんな心を知っていることは、そのままフラにつながります。どうしても、正しいフラをと思ってしまいがちな真面目な日本人なので、自分の世界を広げることを忘れがちになってしまいます。

多様な考え方を受け入れて、それを自分の心として表現するのもフラ。そうなりたいなら、新しい一歩は踏み出してみたらどうかな、と思います。

いろんな生き方があって、それが自分にいい刺激をくれる。そんな新年度になりますように。

過去は変えられないけど役に立つ

考え方次第

私はかつて、理学療法士として大きな病院などに勤務していました。難解な医学的なことを、もっとも頭が柔らかかった頃に学んだことは、今になってとても役に立っていますし、フラの指導に直接活かせています。

人って「そうなっちゃう」動きがあるんです。姿勢が悪かったりして動きに癖がある人ほど、理想とはかけ離れた動きになっちゃう。

原因となっている姿勢が改善していないのに、見た目の動きを直しても、無理がくるってもんです。だから、できそうにない人にまで直せとは、決して言わないです。

生徒さんからすると、直せって言われた方がいいんでしょうけど…でも、股関節が固くて動かない人に、もっとヒップモーションをと言っても出来ないから。

今の力で出来る事で踊ればいいんじゃないの?って思うんです。

子供達には、違いますよ。でもね〜、いい大人に無理言っても無理だから。

その判断が、動きを見ながらできるって、結構便利ですし、ああ、動かないのねってわかるから、どうして出来ないのかという疑問がほとんどない。その分ストレスがないって思っています。じゃ、どうするのかっていう方法も、リハビリの現場でたくさんやってきたから、引き出しはたくさんありますよ。レッスンは、大人のリハビリそのものです(笑)

そして、今、便利だなぁと思っているのが、花屋の娘だったということ。

花って、買ってきておしまいじゃないんです。普通に花屋さんで買ってくるものは水揚げもされていて、お家で花瓶に入れてあげればいいんですが、大量買いしようと思うと、仲卸などを利用すると思うんですね。花にもよりますが、水揚げされてないものもあって、それは、ちゃんと手入れしないとすぐしなびてしまうんです。

それを知っているから、おまけに、どうしたらいいかも知っているから、レイメイキングで花を使う時に、全く困らないんです。

ずっと裏方で手伝ってきて、嫌だなぁと思ったことも何度もあったけど、今となってはあの時にやったことが今、すごく助けになっている。

レイメーカーさんは、フラダンサーがなるよりも、花屋さんがなった方が断然有利。レイの作り方とか、花の選び方なんて、覚えればいいいけど、花の手入れの仕方などは、改めて習うととっても時間がかかります。思い切ってガシッと持たなければならないことも多いし、その手加減は、一朝一夕で身につくものではないです。

レイを編む時の手加減も、花を束ねる時の手加減とほぼ同じだし、そんなの、お盆の時期なんて1日に1,000も2,000も束ねてきたんだからお手の物。そういう人がやった方が絶対早いなぁって思う。だから、レイを上手に作りたかったら、3年ぐらい花屋さんで働くといいです。3年経てば、一通りのことはやらせてもらえると思う。

理学療法士であることや、花屋の娘であること、そのほかにも、いろんな過去があるけど、全部、今の私が出来上がるのに大事だったこと。

過去は変わらないけど、それをいいものにしていくか抹消したいものにしていくかは、あなた次第。嫌な思い出もたくさんありますけど、それもいい勉強だったとか、自分の未熟さが招いたことだとか、いろんな風に見方が変わるので、結局は自分がどう思うかなんですよね。あの時の私は、見方が狭かった、と気がついたとしたら、今、視野が広がっている証拠だし、そうやって自分の成長を実感するためにある思い出なら、良さそうな気がしませんか?

幸せって、自分が感じることであって、誰かに与えてもらうものじゃないのです。過去の自分が苦しかったとしても、それを幸せに変えるのも自分。出来事は変わらないんですが、捉え方は変えられる。捉え方が変わると、いろんな考え方にも気がつけるようになるから、受け入れられることが増えます。それがアロハの心っていうものじゃないのかなって思っています。

問いを立てると答えが見つかる

フラが上手くなりたいという人は多いと思います。どう思っていますか?

「フラが上手になりたいなぁ」「上手に踊れたらいいなぁ」ですか?

残念!それは、上達から遠ざかります。

「上手になりたいと思っている自分」を探しているからです。上手になったら困るんです。上手になりたいなあと思っている自分を繰り返して刷り込んでいるから。

じゃあ、どうしたらいいかっていうと、質問するんです。

「どうやったら上手にできますか?」って。

誰にって、自分にです。そうすると、アンテナがそういう方向に動き出して、どうしたらという解決策を見つけてきます。

私の例で恐縮ですが、ハワイでレッスンを受けた時、カヌーを漕ぐ振りがどうしても上手くいかなくて、ちょっと困っていました。

どうやったらいいのかな?

そう思っていたら、キラウエアビジターセンターで見た、映像(映画?)の中で、クム・ナラニが、カヌーを漕ぐ振りを、オリとともにやっていたのです。つい真似っこしてやっていたら、隣にいたKiwalaʻoが、ニコニコしてこっちをみていました。

こんなところでヒントがあるなんて、と思ったのですが、それは私が、どうしたらいいかと考えていたからなんです。

そして、こういう記事を書くと、「私もその映画を見たいです」というコメントがつきそうなんですけど、実は、それがダメ。同じものを見ても、気がつくところは違うのです。同じ体験をすることが重要なんじゃなくて、あなたの体験で学んでいくことがとっても大事。ここも、伝わらないんだよね〜

Kiwalaʻoは、そこを見せたくてビジターセンターの映画を見ようといったわけじゃなくて、火山のことがよくわかるから、と言っていたんです。映画は何種類かあって、そのどれかわからないけど、どれでも勉強になるよ、と。もちろん、火山の成り立ちも面白かったんですが、私は、クム・ナラニのオリと動きが印象に残りました。
同じ時に一緒にそれをみていた人には、違うものが残っているはず。それでいいんです。

たくさんある情報の中から自分が何を拾うかは、自分が何を自分に問うているかにかかっています。問いかけたら、忘れてもいいんです。脳は、いつまででも探し続けるので。でも、問いかけなければ、答えを探すことはない。こうなったらいいなぁという思いに浸っていると、いいなぁと思う状態を脳は作り続けるんです。つまり、答えを見つけない。どうしたら、どうすれば、という問いは、漠然としていますから、本当にそれでいいの?と思うでしょうけど、それがいいんですね。

憧れの存在に近づくために、その人と同じことをするというロールモデルという考え方があるんですけど、実は、行動を真似るだけじゃなくて、なぜそれをやっているのか、その考えがどこから来たのかをしっかりと真似る必要があるんだな、ということが、この数年でよくわかりました。
行動だけを真似ても、何にも起こらなかった。

でも、ロールモデルから離れて、「どうしたら?」という思考になったら、そこに近づいていっているような気がします。

だからね、皆さんも、問いを立ててみて。答えが思わぬところから見つかるかも。

あなたのこうなりたいが本物なら、脳はちゃんと探してくれますから。

真面目な人ほど教わってはいけない

潰れますよ

日本の皆さんは真面目なので、先生や何かしらの権威がある人の言うことは、その通りにしないとならない、と思ってしまいます。

動きや感覚は、どう頑張っても言葉では伝わりません。

伝わらないものを、一生懸命受け取ろうとし、先生が言っている通りに動けないのは自分が悪い、と、考えがちなのが、真面目なみなさんの特徴です。自分が悪い、センスがない、フラに向いてないなどと、自分が悪いループにはまって潰れます。

まぁ、たまには、分かるように言えない私を責める人もいますが、それはそれで、いい関係にならないです。(はい、そう言うことがありました。必要なことだったですが、キツイです)

誰のせいでもなく、言葉ってそんなものです。ですから、ノンバーバルコミュニケーション(非言語コミュニケーション)が大事になるんです。

表情や声のトーン、身振り手振り、姿勢、態度が大事。

言葉に気をつけても、なんだか嫌いな人と上手くいかないのは、非言語での発信が、相手に嫌いと伝えているからです。

それから、隠し事をしているのも、中身はわからないけどすぐ分かります。夫やカレシの浮気って、すぐに分かりますよね?それって、何からでしょう?生徒さんでも、初めてお目にかかる人でも、何かをあえて言わないようにしていることはわかります。

だからこそ、マインドセット(心の在り方)が重要。それを理解しているので、私は、マインドセットをとても大事にしています。

バーバルコマンド(言葉での指示)は、きっかけにはなるけど、動きのきっかけとしては遅れる。それも分かっていないと、タイミングよく指示が出せません。

自分の動くタイミングで指示を出したら、生徒さんは絶対に遅れる。でも、「遅い!」と注意する先生、いませんか?

遅いのは、先生の指示の方ですが、真面目な人ほど出来ないループに陥ります。先生のことを疑うことはないでしょうから。

要領のいい人は、言葉を聞きすぎず、動きを見ます。動きの通りに動くので、真面目すぎず適当な方が上手くいきます。

そんなものです。

だから、真面目な人ほど、先生の言葉通りにしてはいけない。言葉は、伝わらない前提で、動きを見てください。

ポイントとしては、動きの中で動いていないところにも注目すること。右手が動くと人の目線は右手を追います。その時の左手にも注目して学ぶのです。

言葉は、最優先事項でなく、あくまでも補足。振り回されませんように。

言葉をなるべく排除し、動きから学ぶフラを実践し始めているハレ・オハナのフラ・レッスンにもどうぞおいでください。