何を考えて踊っているのか?

心に虹がかかりますように

フラを踊る時、何を考えて踊っているか?そんな話になりました。

歌詞の意味とか、気持ちとか、そんなことを考えているって思っているかもしれないんですけど、私は、全くそんなこと考えていません。

踊っている時に、そんなことを考えられるほど、器用じゃないです。そのような気持ちを作るとか、意味を考えるということは、踊る前にやります。

踊っている最中は、イメージを追っています。

私の頭の中には、こう踊りたいという明確なイメージがあります。それがクムフラであることもあるし、自分の好きなダンサーの踊りの時もあります。それをなぞるように踊っているだけ。そのイメージの踊りを作る段階で、意味とか感情が加わってきて、クムならこう踊るだろうとか、あの人ならこんなふうに踊るだろうと、想像します。その姿に自分を重ねるように踊るだけなんです。

そう踊りたいからこそ、自分が思っている通りに動く体が欲しいんです。イメトレでは踊れているから、そこになりたい。そのために筋力をつけるとか、バランスを整えるってことをします。

皆さんがどんな風に踊るのかはわからないですが、私は、イメージの中の動きが自分の体の感覚と合うように踊るんです。それしかやらない。それ以外の踊り方を知らない。だから、フリを覚えているって、絶対に必要なことで、最低限のことなんです。イメージの中のダンサーが踊れないと、私の場合は踊れないから。

大好きなクムや先生が、いつも頭の中で一緒に踊っているんです。なので、いつだって、大切な人と一緒にいる感覚です。フラのおかげで、大好きな人といつだって一緒。イメージの中で踊っているその方は、色あせることなく、いつでも美しく踊っているんです。

皆さんはいかがですか?どんなことを考えて踊るのかな???

レイメイキングの感想をいただきました

先日開催した、レイメイキングレッスンの感想を頂戴しました。

予約システムクービックに寄せられたレビューはこちらからどうぞ。
https://coubic.com/haleohana

【以下メールの引用】


ハワイアンの文化は、シンプルで、人間は、自然(神)の一部であるという意識の上に、様々な物事の目的は、全てに於いてバランスを整える事にあるのだと感じます。多くは、教えてくれない、自分で経験して取得するという教え方の先生です。主体は自分自身です。先生らしい先生の姿勢に、いつも感心しています。1年経ってわかった事は、レイを作る時も、身体のバランスが大切だという事。心のバランスが、必要だという事。ALOHAが、伴ってるという事。
A=アカハイ(優しさ)
L=ローカヒ(バランス)
O=オルオル(楽しさ)
H=ハアハア(謙虚さ)
A=アホヌイ(忍耐)
優しい気持ちで花に向かい、花を良く見て、綺麗な花に心躍らせてもらい、先生の言葉に耳を傾け、均等の力加減で、リズミカルに、黙々とレイを編む。身体のバランスが、乱れていると、レイは、歪んで出来上がります。心にゆとりがないと窮屈なレイが、出来上がります。
ハワイアン カルチャーそのものですね。
色々な場面が、私にとって師であると、再確認した、レイメイキング1周年でした。
これからも、よろしくお願いします。


素敵な感想をありがとうございました。やっててよかったなぁと思います。確かに、多くは教えないです。だからこそ、自分なりにやりやすいやり方を見つけていけると信じています。

レイにはマナが宿ります。イライラして作るとそういうレイに、上手くできないと嘆きながら作るとそんなレイになります。難しいと思っていればそういうレイになるんです。ある種の瞑想みたいなものですね。理想にレイになるまでは、30本ぐらい作ってようやくでしょうか。準備や片付けの時間も入れると、レイを作るというのは、それなりの労力が必要です。それも体験できるといいなと思います。

ワークショップ、講座開催のお知らせ

お待たせしました。2020年のハレ・オハナが主催する講座、ワークショップの日程が出揃いましたので、お知らせします。

まず、フラのためのカラダ作り 集中ワークショップ

感じる解剖学 2020年2月16日(日) 10:00〜13:00
ストレッチ編 2020年2月29日(土) 10:00〜13:00
筋トレ編   2020年2月29日(土) 14:00〜17:00

定員各6名 受講料10,000円(税込)再受講は、6,000円

以下のテキストをご用意ください。

お申し込みはこちらからどうぞ。


いすフラコンダクター養成講座のお知らせ

今年も、いすフラコンダクターの養成講座を行います。今年から、内容をリニューアルしまして、学ぶとは何か?いすフラと学びの関係などをお伝えします。

私がライフワークと思っていることが「生涯学び続けること」の意義を伝えることです。新しいことを勉強することが学びなのではなく、自分を発見していくことこそが学びです。本来、人はそういう学びを喜びに感じるものなんですが、「学ぶということは苦しいこと、勤勉であること」という思い込みが、学びを阻害しています。

うまく学べるということは、生きやすくなることでもあるし、自分を受け入れることでもあります。いすフラを通して、全ての年代の方が学び、生きる喜びを感じてもらえたらなぁ、と思うので、そういう人材をたくさん養成したいという思いがあります。

そこで、学習理論を共に学んだ仲間である、ラーニングファシリテーターの小野さんのお力を借りて、講座を開催します。興味のある方は、是非おいでください。

日時 2020年3月15日(日) 10:00〜17:00

受講料 25,000円(再受講10,000円)

修了証を発行します。
いすフラコンダクターと名乗っていただけます。

お申し込みはこちらからお願いします。

クービック予約システムから予約する

上記お支払いには、クレジットカードや、各種QRコード払いなど対応しています。ご不明な点などありましたら、お気軽にお問い合わせください。

フラの栄養をありがとう

すごく嬉しかった言葉です

ハワイ語講座に来てくださっている方が、帰り際にふと言ってくれて言葉です。

「フラの栄養をありがとうございます」

後から後から、じわじわと嬉しくなる言葉でした。

フラは他の教室で学んでいる方なので、私がお話しすることは、直接フラには関係ないこと。でも、言葉を理解して踊っているというのが伝わるフラになっているようで、周りの人から、そのことを褒められるのだそうです。

技術じゃない部分をどうやって磨いていくのか、それは人それぞれです。

植物に例えるとよくわかるなって思います。

大きく太い幹の木に育つには、根をしっかり貼らなくてはなりません。それを、私は姿勢や体の使い方と思っています。どこに枝を伸ばすのか、どのぐらい伸びていくのか、葉はどのぐらい茂らせるのかが、技術が担うこと。そこにどんな花を咲かせるのかは、栄養=肥料によると思います。肥料は、知識や経験。

細い根っこで、葉ばかり繁って高く育つことも木はできるのですが、倒れやすいですよね。そして必要な肥料がないと、花が咲かない。

植物を育てる人ならわかると思うのですが、根を育てる、葉を育てる、花を咲かせるって、それぞれ肥料が違うんです。
何より大事なのは、根っこ。だから、カラダ作りでカラダをしっかり作って欲しいと思っているんですね。
葉が茂りすぎると花が咲かないんです。ここはバランス。

技術と知識は、バランスよく磨いていかないとなりません。その一つとして、ハワイ語の勉強があると思っています。

私は、フラという木を育てているつもりで、生徒さんと接しています。

なので、基礎のところはしつこいぐらい言うし、やります。

技術ももちろんいいますが、このカラダならこのぐらい、と思っているので、無理は言いません。本人が伸びたくても、根っこが貧弱なのに大きくしちゃうと、倒れちゃうので。

花が咲かない人は、知識や経験不足と同時に、心が躍っていない人。フラを踊る喜びは、本人にしか感じられないので、そこに対してはどう働きかけるのがいいのかな、と悩んでいます。

上手に躍っている人の多くは、自分の経験と知識を結びつけるのが上手だな、と思います。柔らか頭の人でもあり、ちょっぴり妄想屋さんのようにも思うんです。害がない程度なら、そのぐらいの方がいい。言われた通り真面目にきっちりじゃないので。ハワイ語はフラの栄養だから、どう言う風にか効果があるんでしょ、と言うぐらいに、学んでいただけると嬉しいな。

講座の中では、私だけじゃなく、参加している方がそれぞれのクムフラから聞いた話なども飛び出すので、互いに勉強になる、楽しい時間です。お時間が合う方は、どうぞ、おいでください。

目黒学園 初めてのハワイ語と歌の意味

若葉台カルチャースクール 初めてのハワイ語と歌の意味

ハレ・オハナ ʻŌlelo Noʻeau 勉強会&ハワイ語文法の基礎勉強会

文化は言葉にならない

体得するものなんですって

明文化されていないものを「文化」という。

天皇陛下の即位にまつわるいろんなコラムを読む中でみつけた一文です。岡田斗司夫さんの言葉らしいですけど、ネットサーフィン中のことなので、もう出典が分からない。

なので、不確かな情報ですけど、この文章は、とても心に響いたので、その通りです。

だから「文化」は、理屈ではなく、体験として体得するしかないのですって。

フラも文化。ということは、説明出来ないことこそが、フラなのではないかしら?と思うんです。

ただ踊れるだけではダメなんです。

ルールになっていないことを理解して、尊敬の気持ちを持ってフラと向き合うことで、見えてくるものがあるはずです。

そのためには、やっぱりハワイとのつながりがないとね。

そして、クムフラや、ハーラウのメンバーと接する機会があると、もっと良い。

出来れば、ハワイで。

そんな機会を、ハレ・オハナは作っていきます。

文化を学ぶって、体験することだから。

良いなあ、と思ったら、自分で道を切り開くのもありだと思います。私は、飛び込んで行きました。

そして、体験が積み重なるほどに、深く深く知りたくなりました。

ハワイアンにはなれない。これは当然のことです。だって、私は日本人だから。

せめて、近づきたいと、まずカラダを変えて、ハワイアンの動きに近づけるようにして行こう、そして、体験できる機会を作ろうと考えてます。

踊りを学びたいだけなら、ハレ・オハナに来ることはないと思います。ハワイを丸ごと学びたいなら、是非いらしてね。

クムフラからいただいた経験が、生徒さんに文化として定着しているので、ハワイのハーラウみたいだと、クムフラに褒めていただいてます。違いは、生徒さんの声の大きさなんですって(笑)

マナというもの

ハワイと日本の共通点

フラを踊る方なら「マナ」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
日本語だと、霊力と訳されることが多いのですが、この漢字が「心霊現象」などとつながってしまって、あんまりいい印象を与えないのが残念だな、と思っています。
「森羅万象」の方が、意味としては近い気がします。

日本も、元々は、神としての力が強いひとが統治することを良しとしてきた歴史的な背景があると思います。天皇のことです。
天変地異が起こることも、天皇の治世に対してのジャッジみたいに捉えられていて、大きな災害が起こったら天皇が変わったり、元号が変わったりしてきたものです。
ハワイも、似ていませんか?
強いマナを持っている人が、酋長として治めていた。
その人が生まれるときには、その印が現れると言われているし、実際、カメハメハが生まれた時には、そんな星が出ていたそうです。

先日、天皇の即位礼正殿の儀の時に、御簾が開いたちょうどその時、雨が上がって空に虹がかかり、富士山が姿を見せたそうですね。
そういうことが起こるということは、自然に祝福されているように思っちゃいますよね。それは、マナというものなんじゃないだろうかと思うわけです。

私たちにも、多かれ少なかれ、そのような力ってあると思います。
フラを踊る時に植物を身につけると、不思議と力がみなぎるとか、落ちつきを取り戻すとか、いろんなことが感じられると思います。わからなくてもいいんですけど、きっと本当は何かを感じているはずなんです。理性とか常識とか、そういうことを外して、フラを楽しむ時に、きっとそれはやってくると思います。
どこかで踊ろうとした時に雨が止んだとか、かんかん照りがちょっと曇ったとか、偶然だっていうこともたくさんあると思うんですが、それを素直に「祝福されている」と受け取ることって、楽しいことと思います。
吹聴する必要はないんです。
自分の胸の中で、あったかい気持ちを持っていればそれでいい。それがマナの本当の力なんじゃないかしらって思うんです。

いいことが起こると思うと、人生はいいことだらけになる。マナにあふれた人生と思ったら、きっとそうなります。
フラに対してもそうで、楽しくいいことがあると思えばそうなるし、難しくて出来ないと思うと、そうなります。

マナ(愛)がたくさんある不思議の国日本にいるのですから、きっとハワイの人の気持ちを理解して踊ることができると思います。違う国だからこそ、ハワイのいいところがより多く見えるはずです。自分たちのものではないけど、大切に踊っていきたいと思います。

フラ・カヒコ(古典フラ)のイメージと実際

カヒコって楽しいのです

フラダンスとあえて書かせていただきます。

フラダンスのイメージは、年齢によって違うかなって思います。

ちょっとご年配の方は、マヒナスターズのイメージがあるようで、温泉の宴会場で奏でられるハワイアンに合わせて、アッパッパみたいなムウムウを着たおばあちゃんが踊る、またはおへそを見せたダンサーが踊る(おひねり付き)っていうイメージかな。


若い方は、スパリゾートハワイアンズか、こんにゃく畑のイメージかなって思います。

一見すると簡単そうで、実際に踊ってみると、見るのとやるのは大違いって思いますよね。想像以上に、難しい踊り。振りを覚えるのも意外と大変だし、曲だってハワイ語っていう壁がある。これが正解ですっていう基準(標準)の踊りがないから、お手本は自分の先生しかいない。

だから、できるようになった喜びがひとしおなんですよね。

1曲踊れたら、もう1曲、さらにもう1曲と習いたくなる。習っているうちにいろんな欲も出てきて、もっと素敵に踊りたいとか、もっと難しい曲に挑戦したいとか、思うようになります。ほとんどの教室は、フラ・アウアナという、音楽に合わせたフラを踊ります。それはそれで、楽しい。

私はカヒコを知った時、実際にクムフラのチャントで踊った時に、なんとも言えない高揚感でいっぱいになり、アウアナもいいけど、カヒコがいいなぁ、って思うようになりました。

何より、生演奏で踊るって、すごくいい。CDで聞くより、ライブで聴くほうが、音楽もいいって思いませんか?発表会のDVDを見るよりも、生の舞台の方が迫力がある。

人って、音以外の何かを受け取っているんですよね。それが、レッスン中に受け取れる。すごく楽しいです。

「踊りたい!」という強い衝動を、そのまま曲にぶつけて踊るのがカヒコの時の踊り方。より、本能的な踊り。アウアナは、デコレーションした踊り。カヒコは、むき出しの自分の踊りって思います。
それはそれは、楽しいし、身も心もスッキリする感じです。

※注:個人の感想です。

やることは多いし、ある程度の体力が必要ですが、それでもカヒコを踊りたいって思うのは、自分の中の衝動。前世は、ハワイにいたんじゃないだろうかと思うぐらい、心が踊るんです。興味があるなら、一度生で見て欲しいです。

カヒコは、直線的で固いイメージがあると思うんですが、それって曲によります。火の女神ペレが、破壊している様子を歌っている曲で、なよなよ踊ったら変ですから。

逆に、自然の恵みをたたえているのを、攻撃的に踊るのもおかしい。

そういう意味では、表現自体は、アウアナとなんら変わりないです。

アウアナの方が問題じゃないかって思います。

カヒコをアウアナにした曲なんて、どうしてこうなった?っていうものも多くて、内容と、曲調と、踊っている人の表情が全くマッチしていないこともあります。

低く踊らなくちゃならないって思う人も多いのですが、これができないならこう踊るという、体力に合わせた踊り方もクムフラから学ぶんです。譲れないところはこれ、譲るところはこれ、と、結構明確に習うので、実は習う方もあまり迷わず習えるのがカヒコ。

アウアナの方が「こんな感じ」が多いです。

初心者が習いやすいのは、実はカヒコ。

カヒコで習うことで、フラの基本が身について、アウアナでも迷わず踊れる基準が作られます。

それがわかっていても、フラダンスのイメージを期待している皆さんに、ちょっとでもわかりやすい入り口を提供しなければ、と思って試行錯誤の日々。

私のように、予備知識ゼロ、フラを見たことがないけど、ハワイの踊りだってことは知っていて、ハワイが好きだからやってみたいと、見学もせず、カルチャースクールに申し込んで、とりあえずレッスンを受けてみた、という人はあまりいないでしょうから。

この情報化社会、あふれている情報の中から、なるべく損のないようにいろいろ探しているんだろうと思うと、「とりあえずやってみて、楽しかったら続けてみる」という選択肢はないんだろうな、かわいそうにって思います。そんなゆるーいやり方が通った時代だから、今の私があるのです。面白いもんですね。

なりたい自分になる、ただ一つの方法

それは「行動」すること

よく、律子先生みたいになりたい、と言われますが、なりたければなればいい。

私は、特殊な能力がある訳ではなくて、こうすれば良かった、と思ったことを大人になってから挽回しているだけなんです。

もっと勉強しておけばよかったなら、今からでも遅くないと挑戦する。
萩本欽一さんがそうでしたよね。自分に限界を設けずに、挑戦しましたよね。
特別な人だからすごいんだって思いますか?その時点で、自分に限界を設けいている。「私には無理」という言葉は、ちょっとずつ自分の心を蝕んで、その言葉通りに自分の能力を削ってしまうんです。お子さんへの声掛けには、本当に注意してくださいね。

この言葉が、一生涯心につきささり、蝕んで、自分に自信が持てない人にしてしまいます。自分がそうなっていると自覚したら、それは過去の遺産であることをしっかり自覚して、それに振り回されないことです。

人の能力には、本当に限界がないです。一人では無理かもしれないけど、みんなで協力したら、乗り越えられることも多い。月や火星に行こうとしているんですから。考えたことは、実現できるんです。
でも、考えているだけでは、やっぱり不十分なんです。

頭の中には限界がないんですが、それが現実となって動き出すには、抵抗があるものです。心の抵抗かもしれないし、物理的な抵抗かもしれない。それを乗り越えて動かすには、まずやってみないとです。やらなければ、何にも動かない。

落ちているゴミを見て、「ゴミ箱に捨てればいいのに」と思っただけで、ゴミが自らゴミ箱に入ってくれるなら、こんな楽なことはないんですが、そうじゃないですよね。体を動かし、ゴミを手に取り、汚いなぁ、と思いながらもゴミ箱に入れないとなりません。

綺麗な街がいいな、と思うなら、綺麗にしないと。思っているだけでは変わりません。

これって、なんでも一緒。

上手になりたいなら練習するしかないし、理解できたいなら理解できるように勉強しなくちゃね。姿勢が良くなりたいなら、そうなるようになんとかしなくちゃ。情報は溢れているのですから。

一人でもできるし、専門家を頼むこともできる。街を綺麗にしたければ、お金を払って掃除してもらうこともできますよね。自分の家もそう。

英語ができるようになりたかったら、それなりの努力が必要だし、会話したいなら会話しなければうまくならない。そのために、スクールに通ってもいいし、ラジオ英会話で勉強してもいい。なんでもいいんです。

それをやらずに、ウジウジ悩んでいる方が勿体無いと思います。

私にもし、いいところがあるとしたら、過ぎたことは過ぎたこと。反省はするけど、後悔しないっていうところでしょうか。後悔しそうなことなら、今から挽回できないかって考えます。失敗もあるし、もっとこうすればよかったって思うことはたくさんあります。でも、過ぎたことは教訓にするしかないんです。どんなことでも。

そこから学んで、次の行動に移さないとね。

だから、やりたいと思う人、挑戦したい人大歓迎です。いつからだってやり直せるし、生き直せます。苦手っていうのは、習得に時間がかかるってことだけなので、必ずできます。それを信じられるかどうかだけの違いだって思うんです。

私は、勝手に自分の可能性を信じています。自分が信じなかったら、誰が信じていてもうまくいきません。こっちが信じているのに「私なんて…」って言われると、そんな人には何にも任せられないって思います。

自信は、行動することでしか生まれません。

実体験しているので、声を大にして(ブログなので、文字を大きくして)言います。

自信は、行動することで生まれます。

行動なくして、自信はつきません。よく聞くのが「自信がないからイベントに出ない」という声。イベントに出たことないのに、自信満々です、と言われたら、ちょっと心配。人前で踊るということは、経験しないとわからないことが多いんです。そこで経験を積んで、ようやく自分がどうすればいいのかがわかるんです。どうすればいいかがわかるのがイコール自信。

やったことがないことは、自信があっても、それはおとぎ話のような自信なので、打ち砕かれると思っています。打ち砕かれて、もっとこうすればよかったが出てきて、それを挽回するように行動し始めて、身についていくのが自信。そんなものだってわかったら、あとは行動するのみです。

皆さんも、なりたい自分があるなら、動いてくださいね。

命がある限り、失敗なんて恐れなくていい。

大丈夫、きっとあなたなら出来ます。その夢に向かって頑張って!

伝えることの意義

だから、伝えたい

私たちの命は、永遠ではありません。

これをどのぐらいの人が感じ、どのぐらいの人が真剣に捉えているでしょうか。

永遠じゃないということは、自分の頭の中にあるものを残していかなければ、自分の代で終わるということなんです。どんなに優れた能力の人でも、死んでしまえば屍になるだけ。どんな天才も、生きながらえることは出来ないんです。

ハワイのクムは、そのことをよく知っているので、次の世代に伝えるということに真剣に取り組んでいます。日本に来てくださっているクムフラの中には、お金儲けが目的になっている人もいるかもしれませんけど、多くのクムフラは、その知識を伝えようと思って来てくれます。

作り方がわかれば、壊れた時に治せる。惜しみなく知識をシェアしてくださるクムフラの姿から、私たちが学ばなければならないことがたくさんあるな、と思います。

人は完璧ではない。かけているところがある。だから、いろんな人から学ぶことが大事だ、と。すごく重たい言葉です。

私自身は今、フラのためのカラダ作りをきちんとした形にしなければと思っています。多分、フラのステップを学ぶメソッドのようなものがあるはずだと思うんです。ハワイのクムのやり方も知りたいですが、おそらく、子供達に向けてのメソッドだと思います。大人向けの、しかも、フラに接するまで運動らしい運動をしてこなかった人に向けてのメソッドってないだろうと思います。

子供と同じように教わっても、出来ないんですよ。学ぶための方法が大人と子供では違うから。それでもやり切っちゃう人もいますが、大抵は「子供のようには覚えられない」と諦めていくんです。でも、絶対できると思っています。

そこをしっかりと形にできたら、初心者にフラを教える方法がわかるです。初心者も迷わないで習える。きっと、そうできるって信じています。早く形にしてよという気持ちもわかるんですけど、ちょっと待ってね。産みの苦しみを味わっています。まだ、育ち切ってない感じ。

でも、やりますよ。伝えないと、ここで終わっちゃうから。

フラのためのカラダ作りを、料理をする前に包丁を研ぐことみたいだと、例えてくれたクライアントさんがいます。包丁を研ぐことが目的じゃなくて、美味しい料理が気持ちよくできるようにするための準備と。上手いこと言うなぁと思いました。

そうありたいし、皆さんにもそうであってほしいなと思います。

フラを踊る楽しさを知っているなら

それを分かち合いませんか?

フラを踊っている方の多くが、フラは単なる趣味ではなく、自分の人生の一部だと感じているんだろうと思います。(特にハレ・オハナの記事を読んでいる方は)

だから、長く踊りたいと思っているし、美しく踊りたいという欲も出るんでしょう。

その気持ち、すごく理解できます。

そんな皆さんと一緒に、踊る楽しさを伝えられたらなぁと思っています。

いすフラを本気で広めようと決意したのは、某有料介護付き住宅のレクリエーションの一環というお仕事を頂いた時でした。

「慰問という形ではなく、参加型のアクティビティーを」というのが施設側のご要望でした。

それまでも、いろんな活動があったそうなのですが、歌いながら踊るというのは初めてで、利用者様の反応も良かったんだそうです。私自身は比較できないのですが、歌うだけよりも、反応が良いと。

きっと、「歌える歌に合わせて体を動かす」というのが良かったんだろうと思います。

フラをやったことがない人も、楽しい。

もちろん、フラをやっていた人も楽しんです。

私たちもそうなる可能性があるのですが、病気や怪我などで、今までのように踊れなくなったけど、椅子に座ってなら踊れる。

足腰の問題だけじゃなくて、目の問題、バランスの問題など、外からじゃわからないことが問題で踊れなくなることもあります。

「もうフラはできないと思っていたけど、座っても踊れるなんて楽しくて仕方ない」という声を聞くと、ああ、やってて良かったと思います。

長年踊っていたカルチャースクールの生徒さんは、ハンドモーションなどは私よりもよっぽど上手。ただ、年齢とともに新しいことを理解するに時間がかかるので、ハワイ語じゃなくて日本語の、それも知っている曲なのがいい、と言ってくださいました。知らない曲は、曲を理解するまでも大変ですよね。私も、最近、全く知らない歌謡曲を歌う練習していたので、覚える大変さをよく理解できます。

●知っている曲

●座って踊れる

この2点が、ハレ・オハナの提案するいすフラの基本です。

フラを踊る楽しさ、それと、知っているメロディーに乗って体を動かす楽しさ、その両方を味わっていただいています。どうしてこれが大事なのかという、理論的な背景や、動きを伝える時に大事なことなどを学んで、いすフラを行えるようになるいすフラコンダクター養成講座を、今月末に開催します。

もしあなたが、フラを楽しんでいて、それが人生の一部になっているのでしたら、ぜひその楽しさをもっと多くの人と分かち合ってみませんか?

あなたの目の前に広がる笑顔を見られるって、この上なく幸せです。

楽しそうに笑顔の花が咲いている様子は、こちらがフラを披露している時とは全く違う種類のもので、笑顔のキャッチボールをしているみたいです。

「楽しかった、ありがとう」と、心から双方が言えるいすフラ。

あなたも、楽しさを届ける人になれます。

興味がある方は、ぜひ講座にいらしてください!

いすフラコンダクター養成講座の詳細はこちら