もう直ぐやってくる、ハワイの思いが世界に広がる時代

…と勝手に言っているだけです(笑)

表題はふざけていますが、心の中は案外本気で、そうなることと信じているんです。

令和という新しい時代がもう直ぐやってきます。

天皇の崩御ではなく、譲位で変わる年号。そのために、お祝いムード一色でいいですね。今上天皇も、粋なことなさいます。服喪期間もないから、本当にスタートダッシュが切れそうです。

そこで、令和。

万葉集から取られたそうで、日本的な響きが優しい。漢語からポリネシア語になったなぁと思っています。ハワイの人にも発音しやすいはずです。「LEIWA」

「HALEIWA」と似ているって、はしゃいでいましたが、実はもう一つ浮かんでいて、それが「LEI+和(輪)」なんです。LEIは、植物や貝などで作られた首飾りのことで、ハワイを始め東アジアからポリネシアに広く存在する装飾です。

ハワイ語では、大切な人や恋人、子供、人々などを裏の意味として持っています。

様々な花を編み込んだLEIは、それを編んだ人の思いも編み込むと言われていて、怒っていたりイライラして編んではいけないものなんですね。

ずべてのものが調和して、そこに存在しているLEI。それが和(輪)になっているって、なんか良いですよね。それぞれの美しさを調和させながら存在している。

美しい、ハワイっぽい元号だって思いました。

こんなカオナ(隠された裏の意味)だったら、良いと思いませんか?そして、令和自体も調和っていう意味だそうで、ハワイ語的に考えているのと同じ。

きっと、世界中にこの出来事は拡散するわけで、「令和」も広がるって思うんです。

ハワイアンは、言葉には特別なパワーがあると信じていました。日本語の言霊みたいに。この元号が、アロハスピリリッツや、和を以て貴しとなす日本の心を伝えてくれたらいいなぁ。世界中の争いや憎しみにあふれているところにも、温かな愛が降り注ぎますように。世界中が調和を大事にして、自分と同じように他者を尊重できる時代になりますように。この元号が、そんな日を連れてきてくれることを、期待しています。

皆さんにも、たくさんの幸せが降り注ぎますように!

バーチャルじゃ学べない何か

それを伝えるのも私の仕事

フラをお伝えしていて、嬉しいなぁと思うのが、私がハワイ島で実際に体験したことや、感覚的に感じてきたことを話すと喜んでもらえることです。

昨年、ハワイ島の住宅地に溶岩が吹き出して大騒ぎになっていましたけど、それがどのエリアで起こったことか、どういう風に人々が捉えていたのか、ペレってヒロの人にとってどういう存在なのかなど、実際に行って、感じたことをお話ししているのですが、よく考えるとそれって、情報などからはわからないものなんですよね。

きっと、私の強みはそこ。

実際に行くとか、話を聞くとか、現地のミュージアムで現地の人と一緒に学ぶとか、そうことを臆せずすること。

英語が得意でもないので、話は6割ぐらいしかわからないんだけど、半分以上わかればよし、と思うから、聞きたいことを聞いています。

昨年は、ダウンタウンにあるモクパパパというハワイの成り立ちを学べるミュージアムに、ボルケーノセンターの出張所ができていて、その看板を見て立ち寄ったら、ちょうど良い時間にボルケーノレンジャーの話があるっていうので、聞きに行き、興味深い話を聞いてきました。

もちろん、話が半分もわからないけど、無料だっていうし、チャンスだよね、と思ったら、とにかく行ってみるんです。それで、わからないこともたくさんあるけど、わかったことも多くて、ホクホクして帰ってくる。その話をみなさんにお伝えしているんです。ツナミミュージアムにも初めて行って、これから映画があるよ、と言われたのでそれもみて、戦前のヒロの町の様子などを知って面白かったんです。

ハワイで最初の鉄道は、ハワイ島に引かれたなんて、知らなかった。

歴史のことも、宇宙のことも、いろんなことが面白くて、そういうことを学べる場所があるってすごいなぁと思いながら、ミュージアム巡りをしていました。

今年はどこに行こうかな〜

昨年はサウスポイントの方面に行けなかったから、そこにしようかな。国立公園のパスを買ったほうが安いかもしれないから調べてみよう、なんて考えるんです。

そういう相談を地元の方にすると、あそこがいいよここがいいよと、とても親切に教えてくれて、そのついでにいろんな話になるんです。

半分ぐらいしかわからないけど、それでも面白い。その時に感じているいろいろを、フラに反映しようとしています。

行けないなら、せめてきてくれる人から感じて欲しいですね。クムフラから学ぶのは、そういう意味もあるって思います。

何よりも空気感が違うから。日本人でも理解できる忠実さと、大らかさが共存しているあの感性は、本当に温かいです。そこを目指して、私も頑張りたい。

クムフラになりたいわけじゃないです。クムフラにはなれないと思っているので、一指導者でいい。でも、生徒さんには、ハワイの雰囲気をちゃんと伝えたい。

ハワイに勉強に行っている先生方も多いので、そういうものは感じることができると思います。日本で学ぶだけじゃない何かを、伝えられたらいいなぁって思います。

少し前までは、自分がそこに行くことが大事だったけど、今はそれだけじゃなくなった。自分ばっかりがいい思いしても、それを伝えられなければ意味がないなぁって思って、なんとかしたいと頑張っています。

ちょっとはなんとかなっているかな?

クムフラ サミーヤングの富士山合宿ワークに来てね

新しいことをやると気がつくこと

自分のやり方の見直し

環境が変わる新年度。皆様、元気にお過ごしでしょうか?

私も、今年は新たな挑戦として、横浜開港祭で歌う、ドリーム・オブ・ハーモニーに参加することにしました。

小学校、中学校と合唱をやっていたし、高校でも芸術選択が音楽だったし、フラのレッスンでも歌いながら踊っているし、歌うことはちょっと自信があったのですが、1回目の練習で、その自信はなんの意味もないことに気づきました。

しばらく(真面目に)歌っていなかったので、音は取れないし、譜面は読めないし、こんなに何にもできなかったっけ?と思うぐらいです。ウクレレは演奏していましたが、演奏する楽譜って簡単だったのね、と改めて思う次第。きっと先生が簡単にしてくれたんですよね。

その上、カヒコでチャンティングをやっているから大丈夫なんて思っていたら、声は出ないし、息が持たないし、全然ダメダメな自分に気がつきました。おーい、大丈夫かぁ?と自分に言ってしまうぐらい、歌えない自分…レッスンで歌っているぐらいじゃダメだった。

合唱って、カラオケなどとは違うから、肺活量がかなり必要です。あるつもりでなかった肺活量。そして、喉を開いての発声も、まだまだ改善の余地あり、とわかりました。

いつもと同じだと気がつかないことでも、ちょっと違うことをすると、足りないところや過剰なところに気がつく。新しいことって、だからいいんですよね。

自分の生活を変えたかったら、何かを始めるのがいいかな、と思います。ドリーム・オブ・ハーモニーは今年はもう締め切られているので、次のチャンスは来年です。もちろん、歌もいいんですが、そうじゃないことでも何か挑戦してみるっていいですよ。

ハレ・オハナでは、フラのレッスンはもちろん、ウクレレのレッスンやハワイ語の勉強会、ハワイアンキルト・刺繍のレッスン、フラに役立つ解剖学の勉強やストレッチ、筋トレなど、いろんな講座を行なっています。

私の経験上、フラだけをやってくると、世界がすごく狭くなって、同じチームの自分より優遇されていると思う人に対してやっかんだり妬んだりしやすくなるんです。慣れた狭い世界にいると、自分が必要とされていない、あるいはないがしろにされていると感じるんじゃないかな。職場や学校でよく聞く、いじめと同じかなと思うんです。

でも、新しいところに一歩踏み出してみると、もっと世界は広くて素敵で、明るくて開放的なんだってことに気がつきます。これは、とても素敵なことですね。

フラって、生きることそのものなんです。いろんな心を知っていることは、そのままフラにつながります。どうしても、正しいフラをと思ってしまいがちな真面目な日本人なので、自分の世界を広げることを忘れがちになってしまいます。

多様な考え方を受け入れて、それを自分の心として表現するのもフラ。そうなりたいなら、新しい一歩は踏み出してみたらどうかな、と思います。

いろんな生き方があって、それが自分にいい刺激をくれる。そんな新年度になりますように。

過去は変えられないけど役に立つ

考え方次第

私はかつて、理学療法士として大きな病院などに勤務していました。難解な医学的なことを、もっとも頭が柔らかかった頃に学んだことは、今になってとても役に立っていますし、フラの指導に直接活かせています。

人って「そうなっちゃう」動きがあるんです。姿勢が悪かったりして動きに癖がある人ほど、理想とはかけ離れた動きになっちゃう。

原因となっている姿勢が改善していないのに、見た目の動きを直しても、無理がくるってもんです。だから、できそうにない人にまで直せとは、決して言わないです。

生徒さんからすると、直せって言われた方がいいんでしょうけど…でも、股関節が固くて動かない人に、もっとヒップモーションをと言っても出来ないから。

今の力で出来る事で踊ればいいんじゃないの?って思うんです。

子供達には、違いますよ。でもね〜、いい大人に無理言っても無理だから。

その判断が、動きを見ながらできるって、結構便利ですし、ああ、動かないのねってわかるから、どうして出来ないのかという疑問がほとんどない。その分ストレスがないって思っています。じゃ、どうするのかっていう方法も、リハビリの現場でたくさんやってきたから、引き出しはたくさんありますよ。レッスンは、大人のリハビリそのものです(笑)

そして、今、便利だなぁと思っているのが、花屋の娘だったということ。

花って、買ってきておしまいじゃないんです。普通に花屋さんで買ってくるものは水揚げもされていて、お家で花瓶に入れてあげればいいんですが、大量買いしようと思うと、仲卸などを利用すると思うんですね。花にもよりますが、水揚げされてないものもあって、それは、ちゃんと手入れしないとすぐしなびてしまうんです。

それを知っているから、おまけに、どうしたらいいかも知っているから、レイメイキングで花を使う時に、全く困らないんです。

ずっと裏方で手伝ってきて、嫌だなぁと思ったことも何度もあったけど、今となってはあの時にやったことが今、すごく助けになっている。

レイメーカーさんは、フラダンサーがなるよりも、花屋さんがなった方が断然有利。レイの作り方とか、花の選び方なんて、覚えればいいいけど、花の手入れの仕方などは、改めて習うととっても時間がかかります。思い切ってガシッと持たなければならないことも多いし、その手加減は、一朝一夕で身につくものではないです。

レイを編む時の手加減も、花を束ねる時の手加減とほぼ同じだし、そんなの、お盆の時期なんて1日に1,000も2,000も束ねてきたんだからお手の物。そういう人がやった方が絶対早いなぁって思う。だから、レイを上手に作りたかったら、3年ぐらい花屋さんで働くといいです。3年経てば、一通りのことはやらせてもらえると思う。

理学療法士であることや、花屋の娘であること、そのほかにも、いろんな過去があるけど、全部、今の私が出来上がるのに大事だったこと。

過去は変わらないけど、それをいいものにしていくか抹消したいものにしていくかは、あなた次第。嫌な思い出もたくさんありますけど、それもいい勉強だったとか、自分の未熟さが招いたことだとか、いろんな風に見方が変わるので、結局は自分がどう思うかなんですよね。あの時の私は、見方が狭かった、と気がついたとしたら、今、視野が広がっている証拠だし、そうやって自分の成長を実感するためにある思い出なら、良さそうな気がしませんか?

幸せって、自分が感じることであって、誰かに与えてもらうものじゃないのです。過去の自分が苦しかったとしても、それを幸せに変えるのも自分。出来事は変わらないんですが、捉え方は変えられる。捉え方が変わると、いろんな考え方にも気がつけるようになるから、受け入れられることが増えます。それがアロハの心っていうものじゃないのかなって思っています。

私が運動を続ける理由

私は、子供の頃にとても運動が苦手で、インドアの極みのような子供でした。幼稚園で「お庭遊びしたくない」と泣いて訴えて、でも外に引きずり出された記憶があるぐらいです。

大人になって、小児療育センターというところで働いていて、もしかして、と思ったことがあります。それは「筋肉が緩いタイプの子供だったんじゃないか」ということ。

筋肉って、常に少し縮んでいて、いつでも大きな力を発揮できるように準備しているんです。この準備が弱いタイプの子供というのがいて、何の診断もつかないけど運動の獲得がゆっくりという特徴があります。このような子供って、筋肉に力を入れるのに時間がかかるので、運動がとても苦手です。筋肉の張りが弱く、触るとふにゃふにゃしているんです。

あんまりにも正常運動発達と掛け離れると、運動療法の対象になるんですけど、ちょっと遅い、でも、まぁまぁついていくという子に対しては、何のサービスもないのが現状です。私が子供の頃は、きっとそんなこともあまりよくわかっていなかったでしょうから(一般的に知られていないという意味で)少々遅くても気に留めなかったかもしれないなぁ、と思います。

運動の専門家となり、子供の運動発達を間近で見たことで、自分に思い当たることがありすぎて「もしかして、私は筋肉の緊張が緩いんじゃないか?』と思うようになりました。

これが、のちに、私が姿勢改善に本気で取り組もうと思った理由にもなります。

姿勢を安定させる小さな筋肉が緩いので、それを動かすことの方が大変だから、大きな長い筋肉でバランスを取るようになるんです。そうすると、筋肉は緩いくせに、モモの裏とかふくらはぎが硬くなったり、背中が固かったりするんです。お腹は腹直筋だけがやたら働くので、肋骨が飛び出してきたりして。

これはまずいよね、姿勢を安定させる小さい筋肉を動かさないとね。専門家だから、問題はよくわかって、でも、どうやったら動かせるのか、自分じゃわからなくて、そこでトレーナーさんを探したんです。トレーナーが見つからなかったら、先輩を拝み倒して、終業後に見てもらおうとまで考えていました。自分の体は、そのぐらいヤバい状態だと判断していました。

今でも、体を支える小さい筋肉は、使ってあげていないとすぐにサボるし、サボると不調が出るので、自分で動かすことを続けています。そうしないと、すぐ疲れちゃうからなんです。

ただフラの為じゃなくて、生きていくのが楽になるために、しっかり体を使うことを心がけているんです。

使ってあげれば、体は応えてくれます。そりゃ、もっと早くにやっていればって思うけど、そんなことわからなかったんだから仕方ないです。今からでも遅くはない、ちゃんとやろうと思って、メンテナンスしています。

誰のためでもなく自分のため。元気に生活したいため。フラも踊りやすくなったけど、結構過密なスケジュールでもひどく疲れなくなったことが、何よりも嬉しいし、役に立っています。

皆さんにも、これを味わっていただけたら嬉しいなぁと思います。

フラの為のカラダ作りレッスン

体幹を整えて良かったこと

「ちゃんと体幹を鍛えている感じがします」と、素敵なバレエダンサーさんに褒められました。

嬉しいですが、元々はこんなじゃなかった。

体幹は弱くて、腹筋なんてできなかったし、体はとても固くて、よくフラを踊ろうと思ったなぁ、と思うぐらいでした。

ビフォーの写真がないのが残念。どこかにあるかなぁ?

自分が曲がっていることに気がついたのは、忘れもしない、2008年の発表会の舞台上でした。

タヒチアンを踊っていたのですが、自分がどんどん右に傾いているように感じていました。その前の練習でも、そう言う感じはあったのですが、本番の舞台上で、もっとはっきりと感じたのです。

これは、相当傾いているに違いない、DVDで確認しなくちゃと、すごく不安に思ったのをはっきり覚えています。

しかし、自分の感覚とは裏腹に、舞台上で踊っている私は、見た目まっすぐ立っていたんです。自分の感覚と、実際がかなりずれている。これは、まずいことだと、思いました。職業柄、この原因はまっすぐの軸(背骨が自然なS字カーブを描いているときにできる、体軸)が保てていないからだろうと判断し、軸を保つようなことをしてくれるところを探して、コア・コンディショニングに出会いました。

相当探しました。

何しろ、私がコア・コンディショニングに出会った頃はまだ、体幹と言う言葉自体が知られていなかった頃で、それを前面に押し出しているところもまだあまりなく、しかも、私が納得できるようなことをしているところはもっと少なかったのですから。

幸いにして、素晴らしいトレーナーと出会って、姿勢改善や体幹機能向上などに取り組むことができました。ただ、誰にも内緒で。それが正解かどうかはわからないからです。

しばらくして、いろんな変化が現れました。

まずは、カヒコの5日間合宿で、筋肉痛にならないという、ミラクル現象。それまでは、少し頑張りすぎると必ず筋肉痛になっていました。それを覚悟しての合宿参加でしたが、全く筋肉痛にならず。周囲の人が筋肉痛になっているのを見て、自分はサボっているんじゃないか?と思ったぐらいです。

その次は、先輩方の陰口。

私は、当時習っていた先生に、いろんなことを相談していて、ちょっと先輩方に睨まれていたことがあります。先生がずっと自分の方を向いてくれていたのが、私にも向くことで自分の方が薄くなると思っていたんでしょうね。だから、こんな風に。

「りっちゃんって、あんな風に踊っていたっけ?」

「なんか踊りが変わったよね」と。

たまたま聞いちゃったんです(「ちょっと、聞こえちゃうよ、という声まで聞こえた(笑)」)言葉のニュアンスですが、どうやら、先生に頼んで、秘密裏に練習していたと思われたらしいです。

いーえ、コア・コンディショニングでした。

その時「もし、先輩から聞かれたら、何をしたかは教えよう。でも、聞かれなかったら黙っておこう」と思いました。

その反応から、私がやっていることは間違っていなかったと確信しました。

だいぶ変わったように見えるだろうと思います。だって、楽に踊れるようになっていましたから。大きく動いても、体が持って行かれないから、ブレないし、おまけに体がとても軽いので、力が必要なくて、のびのび踊れているから。

今も、その先輩から何をしていたのかなんて聞かれないから、教えていません。もう、教える必要もないと思っています。だって、それぞれ、踊っているんだから。その上で、ご自分で必要なことをしているでしょうし、先輩方はとても器用で優秀だから、何にもしなくても踊れるんだろうと思うので。

私は、器用じゃないから、ある程度理論的に考えないとうまくできないんです。

運動音痴だから。でも、上手になりたいと思っていたから。今は、どうでもよくなったけど、自分を認めて欲しかった。そのために、がむしゃらに頑張ってきたけど、そんなことが通用したのは10年だけでした。若さで突っ走れたのがそのぐらい、ということと思います。それを超えたら、年齢を重ねていくカラダと付き合いながら、よりいい状態を目指すことが必要になってきた。そのためには、基本的なところを変える必要があって、だからきっと、その時期にコア・コンディショニングと出会ったんだろうと思います。

コア・コンディショニングと出会って、ちょうど10年ぐらい。今が一番、楽しく踊れていると思います。あの頃も楽しかったけど、楽しさが違うなぁって思います。

誰かに認めて欲しくて、必死だったあの頃を懐かしく思い出しています。

何を求めていたんだろう?当時の自分のような生徒さんの姿が、ブーメランのように自分に帰ってきていて、笑えます。

ハワイとイギリス 時代を超えての繋がり?

本日、横堀朋子バレエアカデミーの発表会に、ハレ・オハナも出演させていただきました。

バレエの発表会にフラ?と思ったけど、主宰の朋子先生や舞台監督さんのご厚意で、舞台に立たせていただきました。

本当にありがとうございました。

横堀朋子先生は、日本に3名しかいないLRAD(イギリスの王立ロイヤル・アカデミー・オブ・ダンスという学校から認められている教師)で、同アカデミーでは日本にいながら、本場ロンドンと同じレッスンを受けらます。

イギリスで勉強されたということが、私にはとても深いご縁を感じます。

フラダンサーならご存知の通り、ハワイとイギリスは、繋がりがあります。

ハワイを「発見」したキャプテンクックはイギリス人、カメハメハ一世のハワイ統一に力を貸したのも、イギリス。

ハワイ州旗にはユニオンジャックが描かれ、イオラニ宮殿には、カピオラニ女王がヴィクトリア女王から授かった勲章が展示されていたりと、ハワイの歴史にはかかせない国です。

バレエ教室はたくさんあるのに、イギリスの正式なバレエ教師の方の教室とつながっていることが、本当に不思議でたまらないです。

カラカウア王は、英語も堪能で、西洋のマナーなどもしっかりと学んだ方でした。ヨーロッパの他の国では、「南の野蛮な国の王」と相手にされなかったけど、イギリスでは、彼のマナーは素晴らしい、と認められて、女王に謁見出来たのだそうです。

今回も、バレエスタジオの皆さんが、勝手がわからず右往左往していた私達を、本当によくサポートしてくださいました。

時代も身分も全く違うし、日本人同士のことなので、当てはならないかもしれないけど、まだアメリカになる前のハワイに想いを馳せながら、一日を過ごしました。

無理やり繋げているとは思いますよ。だけど、ハワイの歴史となんとなくリンクする気がすることって、嬉しいですよね。

それだけです。

本場ロンドンのバレエを学びたい方は、ぜひ横堀朋子バレエアカデミーに問い合わせしてくださいね。

そして、そんなバレエ教室と繋がっているハレ・オハナにも、興味を持っていただけたら嬉しいです。

問いを立てると答えが見つかる

フラが上手くなりたいという人は多いと思います。どう思っていますか?

「フラが上手になりたいなぁ」「上手に踊れたらいいなぁ」ですか?

残念!それは、上達から遠ざかります。

「上手になりたいと思っている自分」を探しているからです。上手になったら困るんです。上手になりたいなあと思っている自分を繰り返して刷り込んでいるから。

じゃあ、どうしたらいいかっていうと、質問するんです。

「どうやったら上手にできますか?」って。

誰にって、自分にです。そうすると、アンテナがそういう方向に動き出して、どうしたらという解決策を見つけてきます。

私の例で恐縮ですが、ハワイでレッスンを受けた時、カヌーを漕ぐ振りがどうしても上手くいかなくて、ちょっと困っていました。

どうやったらいいのかな?

そう思っていたら、キラウエアビジターセンターで見た、映像(映画?)の中で、クム・ナラニが、カヌーを漕ぐ振りを、オリとともにやっていたのです。つい真似っこしてやっていたら、隣にいたKiwalaʻoが、ニコニコしてこっちをみていました。

こんなところでヒントがあるなんて、と思ったのですが、それは私が、どうしたらいいかと考えていたからなんです。

そして、こういう記事を書くと、「私もその映画を見たいです」というコメントがつきそうなんですけど、実は、それがダメ。同じものを見ても、気がつくところは違うのです。同じ体験をすることが重要なんじゃなくて、あなたの体験で学んでいくことがとっても大事。ここも、伝わらないんだよね〜

Kiwalaʻoは、そこを見せたくてビジターセンターの映画を見ようといったわけじゃなくて、火山のことがよくわかるから、と言っていたんです。映画は何種類かあって、そのどれかわからないけど、どれでも勉強になるよ、と。もちろん、火山の成り立ちも面白かったんですが、私は、クム・ナラニのオリと動きが印象に残りました。
同じ時に一緒にそれをみていた人には、違うものが残っているはず。それでいいんです。

たくさんある情報の中から自分が何を拾うかは、自分が何を自分に問うているかにかかっています。問いかけたら、忘れてもいいんです。脳は、いつまででも探し続けるので。でも、問いかけなければ、答えを探すことはない。こうなったらいいなぁという思いに浸っていると、いいなぁと思う状態を脳は作り続けるんです。つまり、答えを見つけない。どうしたら、どうすれば、という問いは、漠然としていますから、本当にそれでいいの?と思うでしょうけど、それがいいんですね。

憧れの存在に近づくために、その人と同じことをするというロールモデルという考え方があるんですけど、実は、行動を真似るだけじゃなくて、なぜそれをやっているのか、その考えがどこから来たのかをしっかりと真似る必要があるんだな、ということが、この数年でよくわかりました。
行動だけを真似ても、何にも起こらなかった。

でも、ロールモデルから離れて、「どうしたら?」という思考になったら、そこに近づいていっているような気がします。

だからね、皆さんも、問いを立ててみて。答えが思わぬところから見つかるかも。

あなたのこうなりたいが本物なら、脳はちゃんと探してくれますから。

量の10年と質の10年。そして…

フラを踊り始めて、なんと丸20年が過ぎました。

最初は3ヶ月でやめようと思っていた程度のものが20年続けているって、相当の驚きでもあるし、歳をとったなぁ、と思うわけです。だって、フラを始めたばかりの頃って、10年経てば大ベテラン、20年って大御所のイメージだったから。

その位置に立ってみると、全然貫禄ないし、大御所どころか小間使いだし、自分の持っていたイメージと今の気持ちのギャップに驚くばかりです。

それでも、20年という時間が積み重なったことは事実で、それなりのものになってきたな、と思います。そんな中で思うことは、最初に10年と次の10年では、フラへの取り組み方が違うなぁ、ということ。スッパリと時期が切れていたわけじゃないんですけどね。

最初に10年は、とにかく量でした。

練習量は半端なかった。言われたことに疑いも持たず、ただひたすらに踊っていた10年。

毎日、2〜3時間の練習をしていました。

ざっと計算してみると、1日2時間として、ほとんど毎日なので、1年のうちの350日、それが10年ですから7,000時間のフラの練習です。すごいよね。
レッスンではこれより長く踊っていたこともあることを考えるともっとフラを踊っていた。

これが、私のフラの基本を作ったな、と思います。

次の10年は、実は体を壊しているんです。7,000時間以上の無理がたたり、踊れなくなった時期があります。期間としては1ヶ月と短いのですが、動けなくなる恐怖は存分に味わいました。踊れないどころか、立って歩くこともままならなくなったのですから。

そこで、体の動きそのものを変えるということに着手しました。これが、結果的に、動きの質を高めることになりました。同じ動きでも、力みが取れて、楽に動くようになり、体全体で踊るというのは、軽く動くことなんだ、ということがわかりました。

これが、次の10年に起こったこと。

ということは、次に待っているのはなんなんだろう?と楽しみなんです。

質の10年の間に、ハワイアンの方と仲良くなっているんです。ハワイとの繋がりは、昔のハワイに恋い焦がれていた時以上に、強くなっています。楽しんでいることの幅も、今の方がはるかに広い。音楽も、言葉も、クラフトも、今の方が楽しいです。

どっぷりのフラから始まって、その次は自分を高めて、そして広がるのかな?

よくわからないけど、これからの10年は、私もすごく楽しみなんです。

それにお付き合いしてくれようとしているのが、ハレ・オハナの生徒さん。みんなをまだ見ぬ世界へとご案内できたらいいなぁ、と思っています。

その前に、私自身が健康で、元気でなければね。

これからの10年は、女性としても変化のある10年(のはず)だから、変化を楽しみつつ、元気に、前向きに、生きていこうと思います。

民衆を導く自由の女神のように、でっかいフラグを立てて、みなさんを牽引していこうと思っています。自由で明るいフラを、実現していきますよ〜!

ぜひ、ハレ・オハナをフォローしてくださいね。そして、気になる講座などがあったらいらしてください。真面目にしかめ面で学ぶような講座は、一つもないので。

量の10年と質の10年。そして… | サイタフラダンス教室ブログ

ようやく日常に戻ってきました

発表会が終わって、5週間が経ちました。ようやく、日々の仕事に戻ってきました。

ホームページ全部消える事件からも立ち直り、プライベートも落ち着きを取り戻して、ようやくいつもの毎日。

ちょっとだけ時間のゆとりが出来たので、改めてハワイ語のページを作ろうかな、なんて思います。

今までの記事だと、1記事に1語、ちょっと勿体無いかな、とか、単語の語順で並べ替えもできないなぁと思ったので、なんとかしてみようと思います。できるかな?

やってみよう。

どうなるかは、実験結果によりますから、気長にお待ちくださいね。

カラダ作りの方は、ちょっと待ってね。

別のものも掲載するので、そちらでしばらく勘弁してください。

結構、実のある記事を書くのって、大変なんです。

こういうくだらないことなら書けるのになぁ。

では、しばしお待ちくださいね。